外来症例17 超早期に治療導入された統合失調症

 

Key word  不眠症 幻聴・思考障害 職場理解 復職

30歳代女性

会社員。既婚。2子あり。2日前から不眠となり当院初診に至る。

初診時
家族同伴で受診。
1ヶ月前から肩がビクッとするので変だなと思っていた。「職場も変わり慣れないので緊張しているのかな?」とも思う。3ヶ月前にショックな出来事があり、その事を引きずっているのかなとも思う。一昨日背後で上司が自分の事を非難する声が聞こえて来て、その事を考えて不眠になった。昨日から食欲もなく、気分はドン~と落ち込む。しかし日内変動はなし(注:うつ病では日内変動がある場合が多い)。
時に涙ぐみながら、ハキハキ語る。疎通性は良い。

以上より初診医は神経症性不眠症と診断し、睡眠導入剤を処方した。
処方
マイスリー(5mg) 1錠 1日1回 就寝前

経過
3日後 再診。以後著者が主治医となった。

薬(マイスリー)を飲むようになって寝つきは良いがすぐ目が覚める。

初診時の「背後で上司が自分の事を非難する」というエピソードを幻聴ではないかと考え再度質問した。
医師:人が居なくても声が聞こえることはありませんか?
>ご本人:はい、聞こえます
3ヵ月前の出来事が大きなストレスになっていると思いますか?
>はい。それに加えて職場の人間関係が上手くいってないこともあります。
上司とですか?>いえ皆と上手く行ってないと思います。
(注:具体性に欠けるこのような訴えは精神病症状を疑う)
混乱しておられますか?> はい。考えがまとまらずに仕事がやりにくいです。

次にご主人に質問した。
医師:奥さんは独り言(独語)を口にされませんか?
>ご主人:前からあります。今は家では塞ぎこんでいます。

問診の結果、幻聴(上司の悪口)と思考障害(考えがまとまらない)が認められたため、統合失調症の初期症状と診断し抗精神病薬を処方した。

処方
エビリファイ(6mg)1錠
マイスリー (5mg)1錠 1日1回 就寝前

同日職場に1ヶ月間休業加療を要するとの診断書を提出した。

10日後
薬は飲んでいる。しかし気分にムラがある。幻聴がはっきりしたのは初診の2日前。職場で「自分の態度について」の悪口が聞こえてきた。まだ声が入ってくる。人の言葉か自分の言葉か分からなくなると訴える。

16日後
表情は穏やかになられている。
薬を飲んで夜は良く眠れるようになったが、日中が落ち着かない。子供への対応が上手く出来ない。幻聴はまだ時々ある。抗精神病薬を増量した。
処方
エビリファイ (6mg) 2錠
マイスリー  (5mg) 1錠 1日1回 就寝前

30日後
睡眠にムラがある。朝頭が重い。日中そわそわする。歩き回る時もある。薬が増えてソワソワが増えたと思うと夫は話される。
抗精神病薬の副作用であるアカシジアと診断し、拮抗薬であるリボトリール処方。
処方
1)エビリファイ (6mg) 2錠
マイスリー  (5mg) 1錠 1日1回 就寝前
2)リボトリール (0.5mg)2錠  1日2回 朝・夕食後

70日後
その後も症状の改善が十分でない為、主剤を変更した。
処方
1)ジプレキサザイデス(5mg)1錠
マイスリー     (5mg)1錠 1日1回 就寝前
2) リボトリール  (0.5mg)2錠 1日2回 朝・夕食後

以後次第に症状改善した。

4ヵ月後
病状は安定している。復職に際しての診断書を提出したところ、職場より今後に向けた本人への対応について話し合いを持ちたいとの申し入れがあり、職場関係者と復職に際しての留意点について意見交換を行った。

5ヶ月後 復職訓練を経て通常業務に復帰した。

復職2年後
主剤のジプレキサは漸減し、最終処方は
1) ジプレキサ(2.5mg) 0.5錠
マイスリー (5mg)  1錠 1日1回 就寝前
2) リボトリール (0.5mg)2錠 1日2回 朝・夕食

復職3年後 仕事も育児もこなし順調に経過している。

診療のポイント
統合失調症の予後を良好とする為には、DUP(duration of untreated psychosis: 未治療精神病期間)を最短にする事が最も重要であると言われている。本症例は前兆(肩のピクツキ)から1ヶ月、明らかな幻聴の発症から数日と言う極めて早期に治療導入された稀な症例である。復職までに5ヶ月を要したものの、仕事も育児も可能となった。病前と比べ多少易疲労性を認めるものの、完全寛解(症状の消失)に至っている。復職に際して職場関係者と主治医の話し合いを設けたことで、統合失調症に対する職場の理解も得られ、良好な予後に貢献したものと考えられる。