入院症例21 頻回に入院を繰り返す躁うつ病者の再発要因とその対策

Key word 躁的迷惑行為 NACT 服薬遵守の有無 抗精神病薬増量

60歳代男性

発病以来の経過
中卒後上京し職を転々とした。25歳時調理師免許を取り、その後地元で店を開いたが経営困難となり4年で閉店。借金や経営上の心労があり、この為か30歳時躁状態で発症。その後、躁うつの病相を繰り返す。外来時はうつ病相も呈するが、躁病相時は迷惑行為が出現する為、1~3ヶ月の入院を必要とした。発病後も複数の職に就いていたが、50歳時には身体合併症も発症し就業困難となり、現在は生活保護を受け通院中である。躁症状は激しく、「一晩中家の壁を蹴破って大暴れしたり」「喧嘩をしたり」「無銭飲食や無賃乗車する」などして警察官に同行されて入院となる場合が多い。本人によれば服薬は規則的に行っていると言うが、入院時に炭酸リチウム血中濃度を測定すると低値であり、服薬中断による再発である事は明らかであった。

63歳時
近所からの苦情がありアパートから立ち退いて欲しいとの要望が出された為NACT(Nishikawa Assertive Community Treatment: 包括型地域支援プログラム)を導入し、生活全般をサポートする体制を取るようにした。
本人の要望にしたがい、最初は多職種チームが2週間毎に、その後は毎週訪問を行い、1)症状確認 2)健康管理 3)服薬管理 4)住環境支援 4)気分転換活動などの支援を行うこととした。

64歳時 訪問支援開始1年後
早朝隣人より「大声を出し調子悪そう」と連絡があった。本人は自宅不在であった為市内を探索し、ランニングシャツ姿で街を歩いている本人を発見した。声かけをかけても多弁で何を言っているか不明で混乱状態であった。受診を促すと素直に応じた。

主治医診察の結果同日入院に至る。30回目の当院入院である。
外来での処方は以下の通り。
1)
リーマス(200mg)4T (tablet:錠)
バレリン(200mg)4T
リボトリール(0.5mg)2T / 1日2回 朝食後 夕食後
2)
リーマス(200mg)1T
バレリン(200mg)1T
レボトミン(5mg)1T  / 1日1回 就床前

入院時に薬物血中濃度を測定したところ
バルプロ酸ナトリウム(バレリン) 3.0μg/ml以下
(有効域50.00~100.00μg/ml)
リチウム (リーマス)  0.34nmol/L   (有効域0.6~1.2nmol/L)
と、抗躁病効果の有効血中濃度に達してはいなかった。
気分安定薬は継続処方とし、レボトミン(5mg)1Tをセトウス(50mg)1Tに変更した。

入院4日目
バルプロ酸ナトリウムは有効血中濃度であったが、リチウム血中濃度は中毒域まで上昇し過鎮静となった為、リーマスを減量し、セトウスをレボトミンに変更した。
処方
1)
リーマス(200)2T
バレリン(200)4T
リボトリール(0.5)2T / 1日2回 朝食後 夕食後

2)
リーマス(200)1T
バレリン(200)1T
レボトミン(25)1T / 1日1回 就床前

入院12日目には日中の眠気を訴える為、レボトミンを25mgから15mgに減量し入院17日間で寛解退院に至った。

退院後1週間目
作業療法士訪問
訪問時、今回の入院までに薬を飲まなくなった理由を聞くと「薬を飲まなくなって調子が高くなったのではなく、調子が高くなって薬を飲まんでも大丈夫と思い飲まんようになるんだ」とご本人が語ったことから、作業療法士は「怠薬が先ではなく、調子が高くなる事が先のようだ」と判断している。

退院後6ヵ月目
「不眠だったり」、「金遣いが荒かったり」、「怒りっぽい」など躁転の兆しが現れる。
躁転の兆しが見られだして2週後の深夜1時過ぎに、NACT待機携帯電話に「調子が上がり爆発しそうな、眠れんし・・。1泊入院でもさせて欲しい」と電話が入る。作業療法士が危機介入に訪問する。
本人はすでに入院するつもりになっており、残飯の片付けなどしている。どうしたのかと問うと「妄想的になってビンや缶をガンガン鳴らさんといけんと思う」と言う。本人自らが、調子が上がってきたことを自覚しSOSを出して来た事は始めてである為、今回の体験をプラス体験とする為にも、同行受診し、午前3時に当直医の診察で31回目の入院となる。
入院時の薬物血中濃度は
バルプロ酸ナトリウム 47.59μg/ml   (有効域 50.00~100.00μg/ml)
リチウム       0.75nmol/L    (有効域 0.6~1.2nmol/L)

であり、今回の再発は規則的な服薬状況下での再発であると思えた。
当直医、主治医ともSOSを出して入院した事を賞賛し、外来処方薬に以下を加えた。
レボトミン(25mg)1T (就床前)
入院後は「訴え多く、大声で放歌ある」が大きなトラブルは無い。追加薬により睡眠も良好となり3日間の入院で本人の希望により退院となる。
その後も躁転による入院は続いているが、NACTの早期危機介入により、迷惑行為は激減し、入院期間も大幅に短縮している。

診療のポイント
数々の問題行動により再入院を繰り返していた躁うつ病患者が31回目の入院では自らSOSをNACT携帯電話に発信し、問題行動を起こす事なく入院し、3日間で安定し退院に至った。今回の経験が長期的な再発防止(⇒参照19)にどの程度貢献するかの判定は現時点では不明であるが、本患者の再発防止に重要なヒントが得られた。
1) 訪問により親密で安定した人間関係が築かれた事から、深夜にも拘わらずSOSを発する事が出来た。
2) 再発の原因の全ては怠薬ではなく、服薬していても気分の高揚が先行する場合がある事が分かり、その時に速やかに抗精神病薬(レボトミンやセトウス)を追加服用すれば再発再燃期間の短縮に有効である事が分かった。