入院症例15 抗精神病薬で歩行転倒リスクが改善したアルツハイマー型認知症

Key word 歩行障害 多動 クエチアピン 覚醒水準の適正化

80歳代 女性

認知症にて他病院で加療中。メマリー(抗認知症薬)、リーゼ(抗不安薬)、メイラックス(抗不安薬)、バップフォー(頻尿治療薬)を処方されている。
頻尿を訴え度々トイレに行くが、次第に歩行不安定となり、転倒を繰り返す。リーゼにより多少は落ち着くが歩行不安定の原因ではないかと当院初診に至る。

初診時
極端な内股歩行。腰部湾曲あり。ハキハキ話される。家では一日中落ち着きに欠けるとの事であった。
歩いてみられるように言うと、気ばかりが先に立つ様子で前方突進して壁に突き当たられる。入院して薬物調整をとの御家族の希望により、初診の翌日入院となる。本人より入院の同意も得られる。

経過
入院時処方
エビリファイ3mg 0.5錠 1日1回 夕食後
入院後:会話はまとまりを欠き、歩き回ったり、座ったりと落ち着かず多動である。杖を持参されたが効果的に使用出来ない。車椅子に座って食事を待つ間も落ち着かず、車椅子から立ち上がったりする。

入院3日目
車椅子乗車中、立ち上がろうとすることが多く落ち着かない。尿意を頻回に訴えられるためトイレ誘導するが、排尿後も落ち着かなさは不変。歩行練習すると、次第に前屈となりスピードが出て、足がついて行けなくなる。多動、歩行不安定で危険な為、ベッド安静を指示したが指示には従われず、転倒リスクの高い状態が持続する。

入院6日目
主治医が訪室したところ不在で、他患者の部室に入っておられ、混乱が認められる。
「ここは大阪ですか」と言われる。
ワサワサして食事にも集中出来ない。ナースによると、頻尿に関しては、失禁無く自力排尿が可能で問題はない。エビリファイを増量した。
処方  エビリファイ3mg 1錠 1日1回 夕食後 増量する。

入院14日目
その後エビリファイは6mgまで増量したが落ち着かず、エビリファイの治療効果乏しい為、より鎮静効果の強いリスペリドン液に処方変更する。
処方 リスペリドン内用液 2ml 1日1回 夕食後

入院17日目
不眠、混乱続く為、より鎮静作用の強いクエチアピンに処方変更する。
処方
クエチアピン100mg 1錠 1日1回 夕食後

入院19日目(看護記録より)
ホールにて経過。食事に集中でき全量摂取する。食後も車椅子に乗車し、自力で駆動して過ごす。

入院26日目
朝は6時に覚醒し、食事をゆっくり摂取するが、以後落ち着かずウロウロし、他患者に過干渉となるとナースの報告あった。クエチアピンを朝にも追加処方する。
処方
① クエチアピン 25mg 1錠 1日1回 朝食後
② クエチアピン 100mg 1錠 1日1回 夕食後

入院28日目
デイルームにて車椅子。
寒そうにして腕をさすっておられる。
主治医:寒いですか?> ご本人:大丈夫です。
歩いてみて下さい>膝が悪いので直ぐには歩けない
会話が成立する。
その後車椅子から立ち上がり、ヨチヨチ歩きだが独歩可能であった。

入院30日目
デイルームでゆっくり歩行しておられる。
クエチアピン朝追加による静穏効果の有無に関しては看護師によって評価が分かれる。

入院32日目
デイルームにて穏やかに過ごされている。
「歩いてみて下さい」と言うと、立ち上がるのには時間は掛かるが、姿勢は良くなり安定した歩行が出来る。
クエチアピンは朝も処方した方が良いとの看護師の意見があり現処方を継続する。

入院34日目
看護師によると「午前中は過鎮静。午後になると落ち着かなくなる。」
クエチアピン25mgは朝・昼分服とした。
処方
①  クエチアピン 25mg 1T 1日2回(朝食後・昼食後)
②  クエチアピン 100mg 1錠 1日1回夕食後

入院39日目
終日落ち着いているとナースの観察。
歩行安定している。

入院41日目 1泊外泊。
外泊中は転倒なく独歩で日常生活が送れた。今までは途中で投げ出していた料理が最後まで出来た。2年前からは作れなくなっていた卵焼きが作れるようになったと家族。

入院45日目
歩行は独力で可能となり、認知症状もかなり改善して自宅に退院となる。

診療のポイント
認知症の薬物療法は、認知症の中核症状に関しては神経細胞機能を高める抗認知症薬を処方し、幻覚・妄想、興奮や介護抵抗など周辺症状に対しては過度の神経伝達をブロックする抗精神病薬(⇒参照17)が処方される。
本症例は、初診時、極端な内股歩行・腰部湾曲があり、歩行の改善は困難であると考えたが、落ち着きに欠ける多動状態(過覚醒状態)が歩行障害を助長していると考え、歩行障害改善の目的で抗精神病薬を単剤で処方した。エビリファイ、リスペリドンでは治療効果は乏しかったが、クエチアピンにより鎮静が得られ、鎮静と平行して歩行障害が改善し、会話や料理が出来るようになる等、認知症の中核症状やADLまで改善が認められた。
認知症の治療に際しては覚醒水準の評価を的確に行い、きめ細やかに薬物調整し、覚醒水準を適正化する事がポイントと言えよう。

入院症例15 抗精神病薬で歩行転倒リスクが改善したアルツハイマー型認知症 への2件のフィードバック

  1. 西川 正 のコメント:

    CT:前頭葉・海馬、軽度~中等度萎縮あり。
    脳波及び長谷川式は実施しておりません。
    コメントをチェックしておらず、返信が遅れ申し訳ありませんでした。

  2. 宍道湖七珍 のコメント:

    抗精神病薬単剤での中核症状の改善は驚きました。
    覚醒水準の評価が大切なケースだと再認識いたしました。

    もしよろしければ、入退院時の認知症の客観的評価スケール及び脳波所見がございましたら、ご教授いただけませんでしょうか?

    何卒よろしくお願い申し上げます。

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