入院症例19 難治性躁病の薬物療法

Key word  鑑別診断 気分安定薬 非定型抗精神病薬 ゾテピン(セトウス)

20歳代女性
大学在学中錯乱状態を呈し同地の精神科病院に半年間入院したが、重度の興奮状態が持続し身体拘束なども受けた。最終診断は急性一過性精神病障害とされた。退院後はリスペリドン1mgを半年服薬し治療中断。
大学は中退し就職したが、就職して7ヶ月後不眠を訴え当院初診となる。

初診時
母親同伴で受診。
特攻隊の映画を見てから不眠になった。
母親は、「思った事をストレートに口にする等、いつもの娘とは違う感じがする」と言われる。
初診医は心因反応と診断し、以下処方した。
処方
 リスペリドン (1mg)1錠 
 ブロチゾラム(0.25mg)1錠 1日1回 就床前

治療経過

翌日 
母同伴で再受診。まだ眠れない。おしゃべり傾向であるが、対応は良い。
休養させたいと母希望され、就労困難と考えられる為、
診断:心因反応 1ヶ月間の休業加療を要するとの診断書作成し、上記薬に追加処方。
 レボトミン(5mg)1錠 
 マイスリー(5mg)1錠 1日1回 就床前

初診3日後 
休診日受診。著者が担当した。多弁である。昨夜は2時半に入眠した。
上記2処方に更に追加処方した。
 リスペリドン内用液 1ml 頓服 10回分
リスペリドン内用液をまず今から服用し、今夜も、もう1回服用。日曜日にも同様に服用し、尚落ち着かれないならば、月曜日に受診されるように指示した。

初診5日後 (診断名変更 入院)
リスペリドン液は2日間で計4回服用した。しかし落ち着かず、診察時はずっと喋りっぱなしの状態。急にベッドに寝転んだり、母親に攻撃的で悪口を言う。

診断を躁病に変更し、急性期治療病棟閉鎖サイドに医療保護入院とした。
入院時処方
 1) 炭酸リチウム(200mg)  4錠 
   バレリン  (200mg) 6錠 1日2回分割投与(朝食後 夕食後)
 2) ジプレキサ (10mg)   1錠 1日 1回 夕食後
 3)ベンザリン(10mg)  1錠 1日1回 就床前
入院後2日間は、多弁・多動で訴え多く、落ち着かずウロウロする状態が持続した。

入院3日目
ある程度落ち着いて会話可能となり、リチウム、バレリン共に有効血中濃度に達していた。しかし、不眠持続するため、ジプレキサを鎮静作用のより強いクエチアピンに変更した。
処方
 1) 炭酸リチウム(200mg)   4錠 
   バレリン  (200mg)   6錠 1日2回(朝食後 夕食後)
 2) クエチアピン (200mg)  1錠 1日 1回 夕食後
 3)ベンザリン(10mg)   1錠 1日1回 就床前

入院7日目
バルプロ酸血中濃度高値となった為、バレリンを減薬、クエチアピンを増量した。
処方
 1)リチウム(200mg) 4錠 
   バレリン (200mg)4錠 1日2回(朝食後 夕食後) 
 2) クエチアピン(200mg)1錠
   クエチアピン (100mg)  1錠 1日 1回 夕食後
 3) ベンザリン (10mg) 1錠 1日1回 就床前

その後も躁状態持続する為、抗躁効果の強いセトウスを併用した。

入院23日目
処方
 1)リチウム(200mg)4錠 
   バレリン(200mg)4錠 1日2回(朝食後 夕食後)
 2) セトウス (50mg) 1錠
    クエチアピン (100mg) 1錠 1日 1回 夕食後
 3) ベンザリン(10mg)1錠 1日1回 就床前

入院24日目
処方変更の翌日はグッスリ眠ったと言い、落ち着き穏やかに会話出来る。
この為、開放サイドに転室指示した。

入院29日目
開放サイドに空ベッドが出来たため転出。2泊3日の毎週末外泊を許可した。

入院42日目
病院ではまずまず穏やかに過ごすが、外泊時は「母と合わなくて苦痛」と訴え、2回の外泊でいずれも軽躁状態となり帰院する。この為、抗精神病薬はセトウス単剤として増量した。
 1)リチウム(200mg) 4錠
  バレリン(200mg) 4錠 1日2回(朝食後 夕食後)
 2)セトウス (50mg) 2錠 1日 1回 夕食後
 3)ベンザリン(10mg)1錠 1日1回 就床前

入院49日目
一日中眠いです。9時間位眠っています。
トロ~ンとした表情になっている。セトウス減薬した。
処方
1)リチウム(200mg) 4錠 
  バレリン (200mg)4錠 1日2回(朝食後 夕食後)
2)セトウス (50mg) 1錠 1日 1回 夕食後
3) ベンザリン(10mg) 1錠 1日 1回 就床前

入院55日目
外泊から帰院。外泊でも初めて安定し、広島に買い物にも行ったが問題はなかった。

入院58日目
すっかり落ち着いている。
しっかりした感じになられている。
呂律不良、手指振戦あり、抗精神病薬過量の徴候であるため、セトウスを減量した。
処方
1)リチウム(200mg) 4錠 
  バレリン (200mg)4錠 1日2回(朝食後 夕食後)
2)セトウス (25mg) 1錠 1日 1回 夕食後
3) ベンザリン(10mg) 1錠 1日 1回 就床前

その後の外泊でも症状の再燃はない。

入院64日目
すっかり落ち着かれ、退院となる。

退院後7日目より短時間作業より職場復帰し、その後通常勤務となる。
抗精神病薬はセトウスからレボトミンに置換し、徐々に減薬した。

退院後4ヶ月
全く発病前の状態になって仕事をしていると母親の弁。
しかし、本人は手指振戦あり、緊張するとかなり「振える」のを人から指摘されると言われる。
リチウム除去し、バレリン単剤とした。
処方
 バレリン (200mg)4錠 1日2回(朝食後 夕食後)

退院後5ヶ月目
手指振戦は消失し、仕事も家庭でも全く問題なく過ごしている。しかし同日の採血でバルプロ酸の血中濃度高値を示した為、減薬した。
処方
バレリン (200mg)3錠 /1日2回分割投与(朝食後:1錠、夕食後:2錠)

診療のポイント
 本症例は、前病院では当初統合失調症と診断され、最終診断は急性一過性精神病障害であった。しかし、本症例のような一ヶ月を超える精神障害は、「急性一過性精神病障害」には該当しない。当院でも初診時は心因反応と診断されたが、著者は躁病と診断し治療を開始した。鑑別診断を行い、正確に診断される事が重要である。

 一般的には、躁病であれば激しい躁状態を呈しても、気分安定薬と非定型抗精神病薬を併用すれば1ヶ月以内に寛解退院となるケースが大半である。本症例は他病院では6ヶ月間の長期入院を要し、当院でも、病院では安定しているが外泊の度に症状再燃を繰り返した。そのため治療に難渋したが、抗精神病薬に抗躁効果の高いセトウスを併用する事で急速な鎮静が得られ、以後は良好な経過を取った。躁病治療は気分安定薬と抗精神病薬を適切に選択する事がポイントと言えよう。