Key word: 悪性症候群 再発・再燃 CPK値 関節拘縮・筋力低下 寝たきり状態
40歳代女性
22歳頃、統合失調症発症。難治性で数カ所の病院を転々とした。6年前からA病院に入院している。4カ月前、ロナセン24mg、エビリファイ12mg、クエチアピン25mg、アキネトン2mgを服用中であった。しかし精神症状が悪化した為、セレネース静脈注射開始。10日後、発熱、筋剛直、CPK値高値(18725U/L)を呈し、悪性症候群と診断された。抗精神病薬は直ちに中止され、ダントリウム点滴静脈注射など悪性症候群の治療が行われた。その後CPK値は正常化した為抗精神病薬が再投与されたところ悪性症候群が再燃し、悪性症候群の治療が再度行われた。以後も、筋剛直、昏迷、発熱、嚥下障害など悪性症候群の症状は持続したが、CPK値が正常化した為、悪性症候群は治癒したと判断された。昏迷状態は原疾患によるものと診断、エビリファイ6mgから開始、その後18mgまで増量して継続処方された。悪性症候の再燃・再発であろうとは一顧だにされなかった。
このままでは致死性の経過を辿るのではないかと危惧された患者の夫は、当ブログ(精神科診療のポイント)を探り当てられ、当院への転医依頼があり悪性症候群発症から4ヶ月後転入院に至る。
初診時
発熱、全身の筋剛直、嚥下障害、昏迷、油性顔貌(oily face)を認めた。また、長期間(4ヶ月間)に亘る全身の筋剛直持続により、関節の拘縮及び筋力低下を来し寝たきり状態であった。
CPK値は正常値であったが、臨床症状より悪性症候群の再燃または遷延と診断し、直ちにエビリファイを中止。ダントリウム40mg/日 点滴静脈注射により、悪性症候群の治療を開始した。
治療経過
悪性症候群及び続発した遷延性錐体外路症状は2週間で全治した。しかしながら「膳を投げ捨てる」などの精神症状の悪化があり、抗精神病薬としてクエチアピンやジプレキサなどを使用した。
最終的には、シクレスト10mg、エビリファイ6mg、リボトリ-ル2mgにて精神症状は安定し、悪性症候群の再発・再燃もなかった。
関節の拘縮は継続的リハビリをおこなったが、極めて緩徐な回復しか示さなかった。
関節の拘縮及び筋力低下は、抗精神病薬による治療過程で発生した重篤な副作用である為、主治医より医薬品副作用被害救済制度(⇒参照23)を紹介し給付申請されるように勧めた。
転院1年9カ月後
精神症状安定し、食事も自力摂取可能で、車椅子自走しデイルームには自由に行く事が出来る。自立歩行を目指し平行棒内で立位訓練中。夫同伴で県内の温泉に1泊旅行も楽しむ事が出来た。
【医薬品副作用救済制度申請と決定】
副作用発症に対する医療費の弁償に関しては、悪性症候群の持続期間として前病院での僅か1カ月間余りのみが給付対象として認められ、「CPK値正常化後は原疾患の昏迷である」とした前病院の診断が受け入れられ、以後の悪性症候群の再発・再燃は副作用救済制度の医療費給付対象には該当しないと判定された(この件に関しては、現在厚生労働大臣に対して不服申し立て中である)。
一方、悪性症候群発症1年半後、症状固定時の「寝たきり状態」に対して、悪性症候群後遺障害の診断書を提出した所、申請から4カ月後には身体障害1級の障害者年金受給決定の通知を得る事が出来た。
診療のポイント
悪性症候群は抗精神病薬による致死的副作用であり、1960年代、診断・治療法が未確立の時代では、70%代の高い致死率を示した。その後悪性症候群の診断・治療に関する知識の普及により致死率は次第に減じた。しかしながら、非定型抗精神病薬の普及により、その病状も非定型化し、診断・治療に難渋する症例にもしばしば遭遇する。悪性症候群の血液生化学的指標として重要視されているCPK値の上昇も、一過性の場合もあり、全くその上昇を来さない症例も稀ならず存在する。悪性症候群の本態の明確な定義は未だ行われていないが、その本態は抗精神病薬による中枢の強力なドパミン神経遮断による錐体外路症状(筋剛直・嚥下障害)とそれに続発する自律神経系の不安定状態(特に交感神経の緊張状態)による症候群であると考えられる。CPK値上昇は単に筋剛直による筋崩壊の反映であり、悪性症候群の病態の間接指標である事を十分認識し、本質的症状から悪性症候群を診断・治療する事が肝要である。万一本症例のような重篤な後遺障害を残した場合は、医薬品副作用救済制度を利用し、患者及び家族の経済的救済を図る事も必要であろう。