key word
ライフイベント 睡眠中地震様体験 体のピクツキ発作 胸のドクドク感
40歳代 男性
3ヶ月前に「体が横に揺れているように感じる事」があった。その10日後、朝出勤前に体がピクピク震えるので妻に押さえつけて貰ったが10分位持続した。同様な発作が数日間持続した為、A心療内科クリニックを受診し、不随意運動としてリボトリールが処方された。しかし、ふらつき強い為、翌日、B総合病院 “耳鼻科”、翌々日には同院“神経内科”を受診。神経内科では「部分てんかん」としてリボトリールは中止となり、カルマバゼピンが処方された。その後「心臓がドクンと打つ、食事が喉に詰まるように感じるとの症状で同院“総合診療科”受診。心電図、脳波、血液検査行い、脳波異常なく、軽度肝障害を認めた為、節酒のみ勧めた。同様の症状続く為、再度受診あり、リーゼ(抗不安薬)を開始したが、症状は改善しなかった。その後、胸痛、動悸で同院“救急外来”受診。症状の改善がない為、大学病院受診を希望され、C大学病院 “総合診療科と”循環器内科“を紹介したが、心臓疾患は否定的とされた(B総合病院・総合診療科紹介状より)。
半年前、兄が「突然死」しており、その心理的影響も考えられるとして、同院より当院紹介に至る。
初診時
妻同伴で当院初診。
顔色は青白く、表情に乏しい。朝方心臓がドクドクするので不安で、このところ2-3時間しか眠っておらず、疲れ果てていると本人話される。
現病歴を改めて聴取し、以下の症状に着目した。
「3ヶ月前の夜中、睡眠中に地震が起こったと思い覚醒した。3分位で収まり、地震情報を見たが、地震はなかった」。それから10日後に「体がピクピク震える」発作が起こり、B心療内科クリニックを受診した。最近は、毎朝「胸がドクドクして締め付けられる」と話される。
診断
前医らでは、多彩な症状はそれぞれ個別疾患であると考え、診断と治療が行われたと思われた。
著者は初発症状を睡眠時に発症した睡眠時パニックと考え、下線を入れた一連の症状は、「死への恐怖感を想起させる情動反応としての精神身体症状」として一元的に理解出来ると考え、症状の全貌をパニック発作と診断した。「兄の突然死」というライフイベントを引き金に、パニック障害が発症したものと推察した。
治療
以下処方した。またパニック障害は決して「死に至る病ではない」と強調して説明し、詳細については当ブログ(⇒外来症例6、参照6)を参考にされるように話した。
処方
1)リボトリール(0.5mg)2錠 /1日2回 朝食後・夕食後 (1回1錠)
2)スルピリド(100mg)1錠
レクサプロ(10mg)1錠 / 1日1回 夕食後
3)ブロチゾラム(0.25mg)1錠 / 1日1回 就寝前
治療経過
初診1週間後
ご本人:症状は全く変わらない。眠剤を飲んでも朝6時まで眠れなかった。
不眠のまま、胸にドクンと来て、それから1〜2時間眠る。
しかし、初診時の青白い顔色とは異なり、血色は改善している。笑顔も見られる。
「笑顔が出るね」と言うと、「元々笑いの絶えない人なんでね」と本人より軽口も出る。
不眠は続くが不安症状は改善している。
以後不安により惹起された不眠(過覚醒状態)を改善する薬物療法を、抗精神病薬やバレリンを使用し、強力に行うことにより、徐々にパニック発作の頻度、強度は減じた。
44日目処方
パニック障害に対するスルピリドの効果は無効と思えたが、より強力なドパミン作動薬の効果を期待してアリピプラゾールを追加して以下の処方とした。
処方
1) バレリン(200mg) 4錠
リボトリール(1mg) 2錠 1日2回 朝食後・夕食後
2) パキシル(20mg) 2錠
クエチアピン(100mg)1錠
アリピプラゾール(6mg)1錠 1日1回 夕食後
3)ブロチゾラム(0.25mg)1錠
ベルソムラ(20mg) 1錠 1日1回 就寝前
初診から45日目(入院初日)
パニック発作が完全消失しない為、環境調整が必要と提案し入院に至る。
入院時は外来処方を継続した。
入院2日目
「胸がドクン」とするパニック発作が発現したが、以後パニック発作は完全に消失した(アリピプラゾール追加処方の効果もあると考えているが、今後の検討を要す)。
しかし高度の不眠が持続した為、スリープスキャンで睡眠状態を客観的に評価しつつ、最も有効な抗精神病薬を検討し、ジプレキサ、クエチアピン、セトウス、レボトミンと変更していった結果、レボトミンで自覚的にも他覚的にも睡眠良好となった。
入院14日目(初診から58日目)
処方
1)バレリン(200mg) 4錠
リボトリール(1mg) 2錠 1日2回 朝食後・夕食後
2)パキシル(20mg) 2錠
レボトミン(50mg)2錠
アリピプラゾール(6mg)1錠 1日1回 夕食後
3)ブロチゾラム(0.25mg)1錠
ベルソムラ(20mg) 1錠 1日1回 就寝前
入院26日目(初診後70日目)
退院となる。
《退院後の方針》
パニック発作完全消失(3-6ヶ月程度経過)後、減薬を開始し、その後退薬を目指す事とした。
診療のポイト
本症例は、数カ所の医療機関の複数診療科を受診し、診断・治療に難渋した症例である。著者は「夜中に地震が起こったと思い覚醒した。3分位で収まり、地震情報を見たが、地震はなかった」と聴取した初発症状を睡眠時パニックと考え、続発する一連の症状は一元的にパニック障害の症状であると診断し治療を開始した。即ち、一連の症状は個別疾患によるものではなく、「一過性、発作性現象」であると看破した事がポイントといえる。薬物療法においては、パニック障害の標準的治療(⇒参照6)を行ったが、高度不眠が持続した為(不安による過覚醒状態)、バレリンや抗精神病薬を追加処方し、さらに入院による環境調整を行って症状の鎮静化を図った事もポイントであろう。