入院症例27 抗うつ薬の副作用で低Na血症発症し、不動状態を呈した認知症

Key word  抗うつ薬(フルボキサミン) 抗利尿ホルモン 低Na血症

80歳代女性

10年前に夫が亡くなり、その後は一人暮らし。独居となった頃、心療内科でうつ病と診断され抗うつ薬を処方された。以後10年間、かかりつけ医から抗うつ薬が継続処方されていた。1週間前、長女が本人宅を訪問したところ、動けない状態でいるところを発見し、A総合病院へ救急搬送。入院し加療されたが、気分の浮き沈みが激しいため、当院へ紹介となる。

【A病院からの紹介状要約】
診断:うつ病 低Na血症(水中毒)
かかりつけ医より、食思不振、抑うつ、希死念慮(疑い)として、A病院救急外来に紹介となった。
血液検査にて、血清Na濃度:114mEq/Lと低Na血症を認め、検査所見から水中毒と診断した(筆者注:多飲水による低Na血症と考えられたか?)。
入院後は補液によりNa補正を行い、Na値は127 mEq/Lと順調に改善しているが、気分の浮き沈みが激しく不安定。

初診時
娘同伴。本人は歩行不能で車椅子使用。

主治医:食欲がないですか?>ご本人:分かりません。いつ食べたかも分かりません。
気が沈みますか?>私独り者だから、一人でどうやって生きているのか分かりません。

応答はチグハグであり、「表情の乏しさ」が特に印象的であった。

退院後はどうされますか?> 娘:急に一人暮らしが無理な状態になったので、退院と言われて、どうしたら良いか分からず途方に暮れています。

「水中毒と言われても、水は口に含む位で多量に飲む分けでも無いし」とも話される。

抗うつ薬(フルボキサミン)が処方されており、この薬剤の副作用で低Na血症が生じる事があると説明して、A病院主治医宛に以下返信した。

診断:抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)疑い。
フルボキサミンにより惹起された上記疾患も疑われると思います。
ADH(抗利尿ホルモン)の測定はされましたでしょうか。
いずれにしても、現在の状態では単身生活は困難であり、貴院退院後は当院に転入院して頂き、加療致したいと存じます。

経過
当院受診翌日  フルボキサミンは中止された。

3日後  当院に入院となる。
入院時検査 Na:140 mEq/L で正常範囲 (正常値:134〜148mEq/L)。

入院後次第に活発となられ、表情も豊かで笑顔も出る。

入院3日目
夜間不眠・徘徊みられる為、以下処方した。
処方
クエチアピン(12.5mg)1T 夕食後

後日A病院より検査結果の情報提供あり。
Na 137 mEq/L(正常値)
ADH 5.7 pg/ml  (高値) (正常値2.8 pg/ml以下)  であった。

低Na血症時のADH値でなく、低Na血症補正後の高ADHであるが、フルボキサミンによりADH高値が惹起されたものと推察した。

入院17日目
ADH 0.6 pg/ml (正常値2.8 pg/ml以下)  Na 140 mEq/L であり、抗利尿ホルモン不適合分泌症候群は消褪した。
以後病棟には適応され明るく過ごされているが、認知症に基づくADL低下状態であり、単身生活が不安であると訴えられ入院継続されている。

診療のポイント
入院症例25と同様、老年期の低Na血症は、認知症症状の急激な悪化、意識障害、食欲不振など様々な症状を惹起し、放置されれば致死性の病態である為注意を要する。診断のポイントとして、症状経過から、まず低Na血症を疑い、血中電解質測定し、低Na血症を確認する。次には抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)を惹起する薬剤が処方されていないかを調べる。本症例のようにADHの高値が証明できれば、抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)の診断は容易であり、治療としては起因薬を除去するだけで事足りる(⇒参照22)。