外来症例15 抗うつ剤には無反応なうつ状態(引き篭もり状態)

Key word  めまい 心気症 一喝療法 劇的改善

60歳代 男性
高卒後大手企業に就職したが、50歳で一旦退職。その後再就職した当時よりメニエール病やうつ病になった。現在も耳鼻科にてメニエール病の治療継続中。60歳からは転職し夜間警備の1日5時間の短時間労働に従事していた。数ヶ月前に社会保険のある会社に転職したが体力的に続かず1ヶ月で退職。今は家でごろごろ寝ており、引き篭もり状態。年金があり、妻は就労しており生活に不自由はない。頭の中がふわふわして、体を動かすのが怖いと訴え、内科医の紹介状持参し妻同伴で当院受診された。

以下は紹介状の要約。
診断:抑うつ気分、心身症に伴うめまい、頭重感(疑い)
めまい(フワフワする)、頭重感を主訴に受診。さまざまなストレスあり、抗うつ薬、抗不安薬を処方しましたが1ヶ月経過しても改善がえられません。MRIでも異常はありません。貴科的に御高診・御加療下さい。

初診時
会話は普通に可能。しかし沈うつな表情で首をすくめ、めまいが起こらぬよう頭部の保持に神経質な様子が伺えた。

診断と治療
振戦、眼振などなく、神経学的に異常所見は認めない。歩行させてみると、フラつきなく、真っ直ぐ歩行出来るが、極めて恐る恐る歩行される。
首をすくめた独特な姿勢に作為的意図を感じ取った事、「恐る恐る歩行」から疾病逃避の防衛機制を感じ取った事から、防衛機制を破るように治療的診断を進めて行った。
首を前後に動かしたり、回転させても苦痛を訴えない為、「器質的疾患」ではないと確信。再度廊下に導き、最初は歩かせ、その後「走れ」と激を飛ばす。するとスムースに走行が可能であった。
診察室に戻り「病気ではない。あえて言えば自分で作りだしている。不安による症状である」と説明。その後は笑顔もみられ、首のすくみが取れた通常のリラックスした姿勢となる。同年代である事から「先生は面白いね」など笑顔で冗談も出る。
不安に対して以下の処方を行った。
セレナール(10)2T  1日2回 朝食後・夕食後

紹介状への返信。
診断:不安状態。
受診時首は動かさず固定され、すくみ状態でしたが、歩行、首の回転など行い、その後 軽く走ってもらったところ、リラックスされ普通の姿勢になられました。本人も病気を 作ってしまったと笑われ、病識も出現致しました。今後は病気に逃げ込まず、徐々に運 動などリハビリをされるようにアドバイスしておきました。

経過
以後ご本人の受診はないが、妻から「あの1回の診察ですっかり元気になって生活しています。仕事にも行くようになり吃驚しています。有難うございました。」と連絡が入る。

診療のポイント
自ら病気を作り出す状態を無意識であればヒステリー、意識的であれば詐病(仮病)と呼ぶ。本症例の場合半無意識状態(ヒステリーと詐病の中間)で病気に逃げ込んでいたと思われる。このような病態の診断は教科書的な記述に乏しいため非専門医には困難と思われる。
診断のポイントは本人の呈する症状に、まず詐病的ニュアンスを感じ取れるか否かであろう。次に神経学的異常所見がない事を確実に否定する必要がある。
このような病態には抗うつ剤は無効であり、その心理機制を本人に抵抗感無く意識化させる精神療法のみが有効である。今回の診察では単に言語的ではなく、まず神経学的診察から始め、次に歩行、首の運動によるめまい増強の有無のチェックと順次運動負荷を加え、防衛機制を破り、最後に「走れ」と激を飛ばす「一喝療法」により劇的改善に繋がった。