Key word 老齢 食思不振 多剤大量薬物 食事強要
80歳代女性
大腿骨頚部骨折で入院。一ヶ月前に退院し介護老人保健施設(老健)に入所。食思不振にて施設医からの紹介で当院受診。
紹介状より
現病名・既往症:認知症、慢性気管支炎、右大腿骨頚部骨折術後、パーキンソン病
入院中から食思不振で、入所1ヶ月が経過した現在も食事を食べようとせず、水分摂取も少ない。神経内科からの薬の副作用も考慮したが、受診の結果それは考えにくいとのことであった。腹部症状はない。
抗パーキンソン剤(ネオドパストン)、鎮咳剤(咳止め:メジコン)、骨粗鬆症治療薬、健胃薬(プリンペラン)、緩下剤、睡眠剤など9種類、1日23錠の薬物が処方されている。
診察・診断・対策
以下問診
如何ですか>まあ普通です
食欲がありませんか>ないほどではないです
眠れますか>まあまあね
かすれるような小さな声で極めてゆっくり、途切れ途切れに返答される(精神エネルギーの低下が伺える)。
診察場面の表情からは強い不安感が読み取れた。
「不安そうにしておられますね」と同行の妹に問うと、妹からみても、「このところ不安そうにしている」とのことであった。また「姉には昔助けて貰った恩があるので、しっかり食べて是非長生きして貰いたい」と必死の様子で訴えられる。
飲み込みはどう>やっぱり難しい
湯飲みでお茶を飲んで貰ったところ、ゆっくりではあるが飲む事は出来て、嚥下障害はない。
パーキンソン症状も認めない。
その後詳細な問診の結果。
「しっかり食べて」と食べるように強いられることが苦痛、大勢の中で食べることが苦痛、との返答が得られた。
問診終了後には不安表情が消失し、笑顔もみられるようになった。妹からも「こんな笑顔は久しぶりにみた」という言葉がでた。
不安状態と診断し、リボトリール(0.5mg)1錠/朝 スルピリド(50mg) 1錠/夕 を処方した。
家族に対しては、食が細い人は食べるように強要されることを苦痛と感じ、反って食欲をそぐ場合があること。人の寿命は永遠ではなく、古代ローマでは死期を悟った人は食を断って死んで逝った逸話などを話した(⇒参照5)。そして「食べるように強要されるプレッシャーで辛い気持ちで生きるより、プレシャーから開放され気持ちを楽に持って生きられる方が幸せではないでしょうか」と話すと納得された様子であった。
施設医へは、食思不振の原因を伝えるとともに、現処方の減量をお願いした。
以下返信
診断:不安状態
ご家族同伴で受診されました。非常に不安そうな表情をしておられ、よく話を伺ったところ、1)食べるように強いられるのが苦痛。2)大勢の中で食べるのが苦痛とのことで、問診終了後には笑顔が見られ、こんな笑顔は久しぶりに見たとご家族がおっしゃっていました。パーキンソン病との事ですが、finger tremor, rigidity(⇒参照4)とも認められません。運動障害は現状では問題ないと思えますので、可能であれば、ネオドパストン、プリンペラン、メジコンは一旦中止して頂き、リボトリール(0.5mg)1錠/朝 スルピリド(50mg)1錠/夕 で、しばらく経過を見て頂けませんか。以上の事に関してはご家族に詳しく説明しておきました。
診療のポイント
食欲を圧倒する大量薬物を減量し、強力な抗不安薬のリボトリールと抗うつ作用・食欲増進作用もあるスルピリドの少量を処方した。診察により「しっかり食べて」と食べるように強いられることが苦痛、大勢の中で食べることが苦痛、との返答が得られ、ご本人の食べづらさの原因を家族が理解され、食べるように強要されるプレッシャーからの解放が何よりの良薬となったのではなかろうか。