外来症例19 パワハラにより身体症状発症し長期休業を要した適応障害

Key word  嘔気・食思不振 柔道療法 SST 読書療法

20歳代 男性

公務員事務職。3年前から県外の職場で働いている。今年の6月頃から仕事を任される事が多く仕事量もどんどん増えるが、上司は全く手伝ってくれない。また上司は口数の少ない人で気楽に相談が出来る関係ではない。理不尽な要求や、間違った指示も出されるが、反論できない。
8月中旬から食思不振があり、2~3週間で一旦回復したが、その後食思不振増悪。嘔気もあり食事の味がしない。イライラ感、頭痛、動悸、息苦しさがある。会社の保健担当者に勧められ同年10月母親同伴で当院受診となる。

初診時
整容、礼節は保たれている。
仕事の事を考えると憂うつ、涙もろくなった。仕事を休みたいと思うが、体調が悪くても休めば仕事が溜まるだけなので、休めない。先が見えない感じだと語る。
会話はスムースであり、抑うつ状態ではなく、仕事ストレスによる身体症状を主症状とする適応障害と初診医は診断。2週間の休業加療の診断書を提出し、以下処方した。
処方
1)ワイパックス (0.5mg)1錠 昼食後   (抗不安薬)
2)マイスリー  (10mg) 1錠 就床前   (睡眠薬)

経過

2週間後
著者受診となる。
休んでどうですか?>あまり改善されない。眩暈もする。吐き気もあるし、食欲がない。
何が一番困る?>直属の上司が・・うるさい。
仕事は出来る?>出来るとは言われている。
3ヶ月間休業加療を要すとの診断書を提出し、SST及び柔道療法を勧めた。
抗不安薬での治療効果が乏しい為、より強力な抗ストレス効果を期待して抗うつ剤を併用した。
処方
1)セレナール (10mg) 2錠 /1日2回 朝食後 夕食後
2)マイスリー(10mg)1錠
スルピリド(100mg)1錠
レメロン(15mg)1錠   /就床前

4週後
薬が効いた。食べられるようになったと話す。
血色が良くなっており、快活な感じに変わっている。

5週後
SSTや柔道療法にもそれぞれ週1回参加。
柔道療法時「柔道療法や体育館でバスケットボールが出来る事で気持ちが開放された。今は気分も良いし、身体症状もない」と明るく話される。

以後順調に回復。

3ヵ月後
部署変えとなり復職した。
順調に経過していたが、復職1週間後、たまたま以前の直属の上司に聞かないと分からない問題が発生した。聞きに行くと、挨拶も返してくれないし、以前の荒い口調とは異なり逆に敬語で対応されてショックを受けた。また嘔気がするし、心臓が漠々打つ。とても仕事に行けないと訴える。就業困難と判断し、再度3ヶ月休業加療の診断書を提出した。
抗うつ薬のレメロンは除去し、以後は心理面の強化を図る治療に切り替えた。
処方
1)セレナール (10mg) 2錠 /1日2回 朝食後 夕食後
2)マイスリー(10mg)1錠
スルピリド(100mg)1錠 /就床前

その後も食欲不振が続いたが、SST,柔道療法、散歩などにより次第に改善した。
また、本人が上司の言動に「過剰反応している可能性もある」と考え、池波正太郎著「剣客商売:二」新潮文庫、を貸し与え、小題(悪い虫)を読んでみるように指示した。

「悪い虫」(要約)
うなぎの辻売りを商売にしている又八には腹違いの兄がいる。その兄の悪事が思うようにならぬ時、必ず仲間を引き連れて、又八のところに現れ、いきなり殴りつけ、売り上げ金と商売物のうなぎもかっさらって、去っていく。
ある時、路上で狼藉を働く浪人達を瞬時に敗走させた秋山大二郎の後をつけ、その道場を見つけ出した又八は、翌日有り金5両を差し出し、10日間で鍛え上げて、その兄に負けぬ強い男にしてくれと頼み込む。父秋山小兵衛と相談し、無理な頼みを引き受けた秋山親子は又八に「勝負の極意」を伝授する。10日間商売を休み特訓を受けた又八が商売を再開していると、売上金を狙った兄らゴロツキ共が現れる。掴みかかろうとする兄の前で、又八はいきなり双肌脱ぎとなる。色白の肌に、刀痕十数か所。いずれも浅手ながら、受けたばかりの実に生々しい傷である。又八は用意の棍棒をつかんで兄を睨みつけた。半月前の兄への恐怖心は全く消えていた。

「又八は胆の据わった対応で、実戦はせずともゴロツキ共を撃退した」という話である。柔道療法の合間にその読後感を聞き出しながら、「胆力の重要性」について話し聞かせ、この危機を転じてチャンスとして捉えて克服できれば、大きく成長するだろうと励ました。

6ヵ月後
統括上司が来院され、復職に際しての今後の対応について相談がある。
統括上司立会いのもと、以前の直属の上司と本人の3者面談をお願いすると快く了解されるため、事前に同様な場面設定をしてSSTでロールプレイを行った。
ロールプレイでは緊張し、頚部まで赤くなり、腕まくりも何度もしながら、自分がどうしてこのような病気になったのかの理由をしっかりと「直属の上司役の相手」に話す事が出来た。

7ヵ月後
復職。
結局、復職時の三者面談は前例がない事や、産業医の時期尚早であるとの反対意見などにより行われなかった。

復職15日後
受診。
今は全く問題はなく、身体症状は出ない。
前上司とは同一フロアで挨拶は交わすが、まったく接触はない。
薬は服用しているが、眠気など副作用もないと快活に話される。

以後安定して経過している。

診療のポイント
パワハラによるうつ状態や適応障害の治療は、薬物療法、受容的精神療法、休養(休職)だけでは不十分であろう。本症例では、1)SSTで上司に対する対処行動を会得させる、2)柔道療法により胆を練る。3)読書療法:剣豪小説の凄まじいパワハラ克服体験と自分の体験を比較させ、自分自身の体験を適正評価するように認知修正を図る。以上様々な治療的介入により、パワハラ恐怖体験を克服して、身体症状が消失したものと考えた。