入院症例22 ジプレキサ長期投与中に突発発症した急性ジストニア

Key word
躁うつ病 長期罹病 寛解期 ジストニア発症 アキネトン クエチアピン

60歳代 男性 躁うつ病

躁うつの病相を繰り返し、20歳時の発病以来入院や施設入所を繰り返しており、1年前より当院10回目の入院中である。
今回入院時はうつ状態を呈していた。
入院時処方(1日量)
1)
バレリン(200mg)4T(錠)
リボトリール(1mg)2T
トレドミン(25mg)2T 1日2回 朝食後 夕食後
2)
クエチアピン(100mg)1T
ロヒプノール(2mg)1T 1日1回 就寝前

経過
入院1カ月目
次第に活動的となり軽躁状態を呈する為、抗うつ薬のトレドミンを除去した。
その後も軽躁状態ではあるが、トラブルなく病棟に適応していた。

入院6カ月目
調子が高く、不眠。他患者とトラブルがある為クエチアピンをより強力な鎮静効果のあるジプレキサに処方変更した。
処方(1日量)
1)
バレリン(200)4T
リボトリール(1)2T 1日2回 朝食後 夕食後
2)
ジプレキサ(10)1T
ロヒプノール(2)1T 1日1回 就寝前
処方変更後、間もなく落着きトラブルなく安定して病棟生活を送れるようになった。

入院7カ月目
攻撃的となり、他患者とトラブルを起こしたり、火災報知器を押したりするなど不穏状態を呈する為、閉鎖病棟に転棟とし、ジプレキサを増量した。
処方(1日量)
1)
バレリン(200)4T
リボトリール(1)2T  1日2回 朝食後 夕食後
2)
ジプレキサ(10)2T
ロヒプノール(2)1T  1日1回 就寝前
以後も落ち着かず迷惑行為を繰り返すため、最大でセトウス100mgを追加処方すると次第に落着いた。

入院8カ月目
セトウスは除去し上記処方で安定した。
その後、これまでの本人の不安定状態からは考えられないほどの安定した寛解状態が持続していた。

入院12カ月目(ジプレキサ投与開始から6カ月目)
午後から体幹が急に右に傾き(上体が40度位屈曲)、支えないと倒れるほどのジストニアが出現。
4カ月間処方変更がない状況下で突発発症したジストニアであり、通常は遅発性ジストニアを疑うべきではあるが
 1.遅発性錐体外路症状の治療薬である、リボトリールはすでに処方されている。
 2.遅発性ジストニアであれば、発症は緩徐であるが、本症例の発症は突発性である。
以上の理由から急性ジストニアを疑いアキネトン(5mg)1Aの筋注を行った。
同薬注射30分後、ジストニアはかなり改善し、支えがなくとも歩行可能となる。
ジストニアはジプレキサ投与により惹起されたものと考え、ジプレキサを、錐体外路症状惹起作用の弱いクエチアピン100mgに置換した。その後軽度体幹の傾きは認められたが、処方変更後7日目には完全に姿勢異常は消失した。

筋肉障害の程度を筋原性酵素であるCPK(正常値56~244IU)を指標として、測定してみた。
ジストニア発症当日:1007(IU) 高値を示した。
3日目  1009
7日目    361
14日目   378
30日目   119 正常化

急性ジストニア発症5カ月後
ジストニアを含む錐体外路症状は全く認めていない。

診療のポイント
急性ジストニアは急速なドーパミン受容体のブロックにより惹起され、抗精神病薬の投与初期か同薬の増量時に発症し、抗コリン薬であるアキネトン筋注が著効する。本症例はジプレキサ20mg処方4カ月間という長期投与下に突発発症し、アキネトンが著効し、クエチアピンに置換する事でジストニアの再燃がないことから「急性ジストニア」との診断が妥当と考えた。この極めて稀なジストニアの発症機序としては、躁状態が消失して寛解期間が長期続いた為に相対的に抗精神病薬が過量投与の状態に至り発症したものと考えた。
急性ジストニアを難治性の遅発性ジストニアに移行させない事が最重要課題であり、このような場合は抗コリン薬を追加処方すべきではなく、錐体外路症状の惹起作用の少ない薬物の最少有効量に処方変更する事がポイントであろう。