外来症例13 さまざまなうつ病(V)抑うつ妄想状態

key word  心気妄想 神経学的異常所見 抗うつ・抗精神病薬併用 計画的退薬

50歳代 男性

医療従事者。当院初診の3ヶ月前から、つま先がしびれたり、飛蚊症が出たりして気にしていた。1ヶ月前からは梅毒の検査が陽性だったと言い張り、体調不良で内科医院受診。10日前からは仕事を休んでいる。
妻同伴で内科医の紹介状を持参され初診に至る。

紹介状の要約
診断:心気症
高血圧、脂質代謝異常症で通院加療中での方です。1年前から積極的にダイエットするようになり、3ヶ月で10Kgの体重減となっています。妻によれば、この1ヶ月間、夫の性格が変わってしまったようだと言われます。「自分は重病でもうすぐ死ぬだろう。脳梅毒で神経もおかされている。肝硬変にもなっていて黄疸も出ている。食欲もなく、やせて癌で死んで行く」と訴えられます。ワッセルマン氏反応陰性。腫瘍マーカーや血液生化学検査では脂質以外はすべて正常です。また便通にこだわり強く、「便が出なくて腸閉塞になってしまう」など訴え、明らかな心気症の訴えを認めます。

初診時
妻によると2週間前から数日ほとんど喋らず沈み込んでいた。その後、自分は不治の病に罹ったと言い多弁となった。仕事は極めて多忙で、上司との関係にも悩みを抱えていた。実父と義父を相次いで病気で亡くしたことも関係があると思うと話された。

医師:眠りはどうですか?>ご本人:何回も夜中に目が覚めます。
気分はどうです?>沈みます。
主に何時沈みますか?>ずっと沈んだままです。
どうして梅毒と思うのですか?>自分で膝を叩き、こうして腱反射が亢進しているのでそう思います。

不安・抑うつ気分を呈していた。足を投げ出しだらりと椅子に座った姿は本人の職業からは似つかわしくなく、態度の崩れが印象的であった。
神経学的所見
下肢腱反射亢進あり。
右ankle clonus(足間代性けいれん) ±
上記より上位中枢神経系の脱抑制が想定された為、CT検査を行った。

診断・治療
CT異常なく、状態像としては抑うつ妄想状態であるため、うつ病と診断し抗うつ薬と抗精神病薬を処方した。
1) ルボックス (50mg)2T  /1日2回 朝食後 夕食後
2) ジプレキサザイデイス(5mg)1T /1日1回 就寝前
「うつ病により2ヶ月間の休業加療を要する」との診断書を書いた。

治療経過
3日後
脳梅毒と思っておられますか?>分からんです。
死ぬような病気と思われますか?>妻が支えてくれているので・・・。
初診時とは別人のように、礼節も保たれ、穏やかになられている。
しかし、下肢腱反射に左右差を認める為、神経内科受診を勧めるが、もう少し様子をみたいと思うと御夫婦共言われる。
この為クロイツフェルト・ヤコブ病を疑い当院で脳波検査を行ったが、異常は認めなかった。

2週間後
如何ですか?>朝皆が出かけると寂しい。
脳梅毒はどうですか?>今は忘れています。朝が眠い。午後になればすっきりします。
気分はどうですか?>朝が落ち込む。犬を連れ散歩をしています。

4週間後
如何ですか?>テレビも見られるし、新聞も読めます。
梅毒はどう?>今の所考えてないです。
仕事はどうなりましたか?>診断書が2ヶ月なのでそれまで休み出勤しようと思います。
精神的な病気と思いますか?>自分でも精神的にあんなになるのかと思い吃驚しています。
落ち着かれているため、ジプレキサを 2.5mgに減量する。

以後病状は安定。2ヶ月間休業ののち復職し、直ちに通常業務に就かれた。

4ヶ月後
全く問題なく仕事は可能であり、「以前の心配は、我ながら馬鹿みたいだった」と話される為、ルボックスを半量に減量した。

5ヶ月後
順調であるため、更に減量処方した。
ルボックス(25mg)1T
ジプレキサ(2.5mg)1T /1日1回 就寝前

6ヶ月後
ルボックス中止しジプレキサ単剤とした。

9ヵ月後
血糖値上昇が認められたため、ジプレキサをスルピリド200mgに変更。

10ヶ月後
食欲が出て肥えてきたと言われるため、スルピリド100mgに減量。

11ヶ月後
順調で良く眠れるとの事であり、スルピリド50mgに減量。

12ヵ月後
スルピリド隔日投与とする。

13ヶ月後
普通に仕事が出来る。治療終結とした。

診療のポイント
さしたる心因も見出せない医療従事者が、激しい心気妄想を伴ううつ病を発症した。初診時若干の神経学的異常所見が認められた為、抑うつ・不安などの精神症状で始まるクロイツフェルト・ヤコブ病などの神経変性疾患も疑われたが、精神科的には抑うつを基盤とする妄想状態であり、抗うつ薬と抗精神病薬の併用療法を行った。短期間に劇的改善が認められ、復職後も症状の再燃はないため計画的減薬を行った。減薬にあたっては、うつ症状よりも妄想優位な状態であった事を考慮し抗うつ薬から漸減した。後半は抗うつ作用も持つ抗精神病薬スルピリド単剤とし、漸減・退薬に至った。適切な診断及び薬物療法により寛解状態となり、その後計画的な退薬方法により早期治癒が実現した。(⇒参照28)