外来症例22 うつ病として紹介された適応障害の治療

Key word クリニック長期通院 抗うつ薬副作用 SST  自己変革

50歳代 女性。

高校中退。美容師として10年間働き30歳から営業職。8年前「急に悲しくなる、不眠、食欲不振」などの症状が出現し精神科クリニック受診。その後も職場の対人関係から過呼吸やうつ状態を呈し通院していた。2週間前、上司から「ガツン」と言われ、「糸がきれたように椅子にも座れなくなった」。翌日から寝込んでしまい出勤できなくなる。不安感が強く、頭重感がある。仕事の事を考えると「心がざわざわして苦しくなる」。夫や知人に当院受診を勧められ夫同伴で当院初診に至る。

初診
初診医は本人の話を90分に亘り傾聴した。この1週間は服薬していないと言われる為、前クリニック処方を継続して服薬するようにアドバイスした。また1ヶ月間の休業加療の診断書を作成した。
処方
レクサプロ(10mg)1錠 1日1回夕食後(抗うつ薬)
モサプリド(5mg)1錠  1日1回夕食後(慢性胃炎治療薬)

治療経過
8週後
前医に休業延長の診断書を書いてもらい、更に1ヶ月間の休業中。
今は普通の生活は出来るが、朝が起きられない。上司と上手くやっていく自信がない。
元の職場に戻るか、新しい仕事に変わるか半々の思いでいる。

10週後
頭が重くふわふわする。一日中家で休んでいる。やる気が出ない。

薬物治療と並行してSST(⇨参照20)を導入することとした。
また、当院リワークプログラムに興味を示されたため、担当作業療法士がプログラムの説明を行った。
まずは次回SSTに参加し、その後「リワークプログラム」にも参加するかどうかを決定することにした。

第1回SST: (共感)
課題:自己紹介  相手 N医師
休職に至るまでの経過を、結婚や職場の状況も交えながら流暢に話される。
SST終了後の本人の一言コメント:「同じような経験をしている人が多く、皆さんと共感出来て良かった。今後も是非参加したいです」と元気に述べられる。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【リワークプログラム参加の検討】
1回目のSST終了後、リワーク担当医からプログラムの説明とアドバイスを受けた。
「リワークプログラムでは本人の活動量を上げ休職中の人の職場適応を目指します。
貴女はエネルギーがあり、どのように適応するかが問題だと思われます。
1)職場環境が調整できるのか
2)自分が変わって適応していくのか
3)会社を辞めて再スタートするのか
を検討しましょう。
貴女の場合、リワークプログラムではなく、OTやデイケア、SST参加が合っているでしょう」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

リワーク担当医のアドバイスをうけ、毎週1回SSTに参加することにした。
以後欠席することなくSSTに参加された。
ポイントとなるSST場面をピックアップし、SST課題を中心に彼女の心境の変化を追ってみる。

STT参加記録
第2回SST
課題:人間関係  相手 S医師
上司との人間関係が原因で病気になった。職場での状況や自分の気持ちを流暢に話される。
S医師のアドバイス;「自分の怒りをどのように受け止めて行くのが今後の復職のポイントではないでしょうか」との指摘を受ける。

第3回SST
課題:人間関係  相手 S医師
最近の自分の様子を話す。「予定が入っている時は起きられるが、予定がないと昼まで寝て過ごす。洗顔もしない。そんな事で良いのかと両親に言われる。復職したい気持ちはある。今のままで大丈夫だろうか?と自分でも思う」と話される。
S医師のアドバイス;「三寒四温にたとえ、今は回復期でしょう」とアドバイス。
「これで良いということですね」と本人すっきりした表情となる。

第4回SST(ロールプレイによるスキル獲得)
課題:病気と向き合うこと   相手 S医師
今までの心境の変化を話し、「SSTに来ることで気持ちが大分楽になっている」と話される。現在の病状を主治医から社長に説明して欲しいと要望される。
そこで「社長へ病状説明をしてほしいと主治医に依頼する」場面を設定し、S医師を相手役としてロールプレイを行う。

第7回SST
課題:一般会話  相手 S医師
「社長と面談した。主治医から社長に病状について説明して貰った。縺れていたものがほどけてきたようで安心した。」
SST終了後、柔道療法への参加希望あり。

第8回SST
課題:病気について  相手 S医師
「以前はバリバリ仕事をしていたが、今は以前のようにやる自信がない。やれる事は洗濯や友達とのおしゃべり、OT活動での生け花位。これは病気のせいでしょうか」とS医師に問う。
S医師のアドバイス;「昔に戻る事よりも、今の状態を職場の上司に伝える事の方が重要。そのような場面を想定したロールプレイをしてみたらどうでしょう」と提案を受ける。

第10回SST
課題:一般会話 相手 S医師
「今週は初めて柔道療法に参加して、とても楽しかった。しかし家では眠くてしかたがない。家事も中々出来ない。」
S医師のアドバイス;「今は回復期の最後で一番難しい時期。活動量を少しずつ増やす必要があるが、無理は禁物です」

第12回SST(自己開示)
課題:主人の事 相手 N医師
「主人も人間関係が原因で精神科クリニックを受診していた。その時は自分も元気でうつ病の事が分からず、叱咤激励してしまった。今に思えば大変な逆療法で冷や汗ものだが、結果オーライで夫は立ち直り、人間関係も改善し、夫は成長した。」
N医師のアドバイス;「最近、心的外傷後成長という現象が注目されているけど、すごい事しましたね」と賞賛。

第13回SST
課題:一般会話  相手 S医師
「薬が変わり、まだ慣れないのか調子があまり良くない。先週は夫の話をしたが、今週は夫と口論した。今後も薬が変わると副作用があるのではと思い不安」と話される。

【当院初診6ヶ月後(第12~15回SSTの期間)】
レクサプロからトレドミンへの処方変更が行われ、
トレドミン100mgでひどい嘔吐出現。総合病院救急受診となる。

第15回SST
課題:苦手な人への対応  相手 N医師
職場の上司について話す。「ペアで10数年一緒に働いて来たが、考え方が全く合わず、顔を見るのも嫌。配転は出来ないが、ペアにもう一人いれて3人体制にする事は可能と会社から言われている」と話される。
N医師のアドバイス;「それは問題解決の糸口になるかもしれない」
本人の感想;「話を聞いて貰い安心した」と話される。

第16回SST(自己開示)
課題:苦しかったこと 相手 N医師
「この一週間は苦しかった。職場での嫌な事も思い出した。この20年間、今の職場で大卒の人達に負けまいと必死に働いて本当に辛かった。この先治療としてどのような段階に進むのか気になる。」と話される。
N医師のアドバイス;「単純なうつではなく、PTSD的要素があるので、苦手な上司との関係をどうして行くか、復職に向けて考えて行きましょう。」

【7ヵ月後:外来診察にて】
主治医交代を希望して著者の外来担当日に受診。
勤務先と仕事内容について詳細を話される。
副作用が怖くて今は全く服薬してないと話される。

第19回SST
課題:一般会話 相手 N医師
「今週の柔道で、相手に技を掛けて投げる体験をした。言葉では表せないが、頭がスカッとしてとても気持ちが良かった。仕事もいざ辞めると思うと色々考え葛藤している。今まで一所懸命に働いて来たので、もうしばらく休んで何もせずのんびり過ごしていいでしょうか?」など話される。

【8ヶ月後:外来診察にて】
「体が動かない。会社の事を思い出すと気分が落ち込み死にたくなる。
布団から起き上がれない」と訴え、抑うつ状態を呈している。
処方
レクサプロ(10mg)1錠 1日1回 夕食後
以後同処方継続した。

第23回SST
課題:今後について   相手 S医師
「これまでバリバリ働いて来たが、仕事を辞めればどうなるのか・・今後の事を色々考えると気持ちが沈む」と現状や気持ちをしっかり話される。
S医師のアドバイス;「今より悪くなる事はないので、自分が何をしたいかが自然に出るまでどっしり構えた方が良いでしょう」

第25回SST
課題:一般会話  相手 S医師
「オリンピックを見て自分は小さい事で落ち込んでいると思った。オリンピック選手は一体どんな精神の持ち主かと思う」と話される。
S医師のアドバイス;「長期目標を決めるのは誰でも難しい。まずは短期目標をこなし、そのうち長期目標が見えてくるのではないでしょうか」

第26回SST (自己変革)
課題:目標 相手 S医師
「前回SSTで人生の目標について話したが、その後具体的な目標について考えてみた。以前は美容師をしていたが、その資格と経験を生かして在宅美容サービスの仕事が出来るのではないかと思いついた。今は新たな人生が開けているような気がする。職場を円満退職する踏ん切りがついた。最初は西川病院に来るのも苦痛で嫌だった。SSTもパチパチと拍手をして、変な新興宗教みたいだと思っていた。今はSSTを含め西川病院では素晴らしい治療をしてやんさるよと色々な人に話している。自分は病気になって生まれ変われて良かった。病気になった事を感謝している」と話される。

【初診1年後(第26回SSTの3ヵ月後)】
会社は円満退職し、福祉美容師の資格も取得して、情動も安定。見事に自己変革を遂げられた。

診療のポイント
強烈な対人的ストレスによる「PTSD的要因があるうつ状態」は、薬物療法と休養だけでは改善は望めない。当院受診初期にリワークプログラム担当医が指摘した如く、1)職場環境が調整できるのか 2)自分が変わって適応していくのか 3)会社を辞めて再スタートするのか、この3者択一であろう。本症例では26回目のSSTで、「会社を辞めて再スタートをする」という結論に至った。SSTを重ねる中で「病気になって良かった」という自己肯定感を伴う「自己変革」が生じた。「自己変革」は、薬物療法や休養では得られない治療効果であり、集団力動が働くSST特有の回復到達点と言えよう。