入院症例31 重症昏迷の診断と治療過程

Key word 精神病性昏迷 うつ病性昏迷 緊張病(カタトニア)

30歳代男性

20歳時、大学病院口腔外科に入院した。治療過程で不穏となり大量のハロペリドールを静注され、悪性症候群を発症した。1カ月後軽快退院。退院後は自宅で過ごしていたが、数日後、「警察が来る」「声が聞こえてくる」など幻聴らしき訴えもあり当院初診。前日までは話していたが、本日急に話さなくなったとの事であった。初診時はデパスなど抗不安薬が処方された。3日後、著者診察。緘黙・拒絶的であり、リスペリドン1mgを処方した。初診から9日目、依然緘黙状態ではあるが、家族から見て「表情が出て来た」とのことで以後受診は途切れた。

今回、1ヶ月前より体調不良で仕事を長期欠勤した。徐々に食事摂取量が少なくなり、2日前「動けなくなっているところ」を家族に発見され、総合病院に緊急搬送された。脱水による腎不全と診断され、点滴により腎不全は改善した。
2日後、著者に診察依頼があり、昏迷と診断した。リスペリドン液2mlを処方し、当院への転院を指示した。
6日後当院へ転院となった。

経過
当院へ転入院(入院1日目)
ストレッチャーで入院。
家族によると、拒絶症のため、リスペリドン液は飲んだり、飲まなかったりしていた様子。また、食事は介助しても、全く摂取出来ない状態だった。

開眼し、ギョロギョロ周囲を見回す。
問い掛けに反応なし。
うつ病性昏迷にしてはエネルギー水準が高すぎる印象あり。
アームドロップテスト:腕を持ち上げると抵抗なく拳上し、数秒間そのままキープする(蝋屈症か?)
自尿なく、入院時より導尿で対応。

体温36.8℃、血圧117/83、脈拍95/分
身長171cm 体重90Kg   BMI 30.8    右足外踝部褥瘡あり
血液生化学検査:軽度肝機能障害あり   CPK   99 IU/L(正常値)

重症昏迷であるが、うつ病性昏迷及び精神病性昏迷との鑑別困難であった。
このため、両者の治療を同時に行うこととした。
経口摂取・内服不能な為
ジプレキサ筋注10mg (3日間継続)
アナフラニール点滴
初日25mg 2日目50mgに増量(〜8日目) 9日目25mg
補液 1500ml /日

入院3日目
覚醒し、開眼している。
アームドロップテスト:腕持ち上げるもスグ下す
覚醒水準高い様子
抗精神病薬シクレスト(口腔内崩壊錠)10mg(朝5mg 夕5mg) 開始

入院4日目
開眼している。
Oily face ++
手首は硬いが、歯車様筋剛直なし
カタトニア(緊張病)としてセルシン筋注開始
1時間後 発語はないが、表情やわらいでいる。
セルシン10mg 1A 1日2回(筋注)でフォロー(8日目まで5日間継続)

入院5日目
お茶ゼリーを、毎食摂取可能となる。

入院6日目
嚥下食全量摂取
しかし、視線合わせず、問い掛けにも無反応
アームドロップテスト:腕を持ち上げ放すと、ストンと直ぐ落ちる(筋緊張低下:正常化した様子)
うつ病性昏迷様状態となった為、シクレストを中止とした。

入院7日目
仰臥位。
開眼しているが、視線は合わせない。
問い掛けに反応しない。
食事は嚥下食からペースト食にUPする。
内服可能となったため以下処方した。
処方
1) リボトリール(1mg)2錠  1日2回 朝・夕食後(1回1錠)
2) レメロン(30mg) 1錠  1日1回 夕食後

入院9日目
発語はないが、開口の指示に対して口を少し開ける事が出来る。追視もある。
おむつ内に700gほどの排尿あり、尿閉も改善傾向。
四肢は柔らいでおり、体動もあるが起床には介助を要す。お茶100ml飲用できた。

セルシン筋注 中止。アナフラニール点滴25mgに減量。

朝食時 口を開けないなど拒絶があるため以下追加処方した。
処方
3) アリピプラゾール(6mg)1錠 朝食後

食事:ペースト食→粗キザミ食ハーフに変更。

入院10日目
声掛けに対して頷きや首振りで意思表示できる。
看護師2名にてトイレ誘導を行い、自室トイレで濃縮尿多量排泄する。
捕食希望を問うと「パン」と発語あり。その後ドーナツなど菓子を自力で摂取する。
経口摂取可能となった為、アナフラニール点滴、補液全て中止とした。

入院13日目
車椅子乗車し、デイルームで食事自力摂取する。
「ここで食べて良いですか」「トイレを流して下さい」など小声で発語できる。
拒絶消失した為、アリピプラゾール6mg→3mgに減量した。

入院15日目
自力歩行で自室のトイレに行き、排尿することができる。

入院17日目
移動時に車椅子を使用したいと希望するが、
歩行器を使用し歩行訓練するように促し、実施する。

入院19日目
ほぼ普通に会話可能となる。
手すりによる歩行練習するようにアドバイスすると、早速歩行練習を開始している。

入院21日目
外踝部褥瘡完治。
アリピプラゾール中止とした。

入院22日目
トレーニングルームでエアロバイク使用したトレーニングを開始。

入院23日目
知能テスト実施 (IQ=49)
食事:粗キザミ食→普通食に変更した。
眠れないと訴える為、睡眠薬を追加した。
処方
3) ニトラゼパム(10mg)1錠
ロゼレム(8mg)   1錠 1日1回 就寝前

入院28日目
眠れるようになったので睡眠薬不要とのことで 上記 処方3)中止。
レメロン30mgから15mgに減量。
処方
1) リボトリール(1mg)2錠  1日2回 朝・夕食後(1回1錠)
2) レメロン(15mg) 1錠  1日1回 夕食後

入院36日目
精神症状消失している為、レメロン中止。
リボトリール→セレナール(抗不安作用弱い)に変更した。

処方
1)セレナール(10mg)2錠  1日2回 朝・夕食後 (1回1錠)

同日看護師同伴で自宅に独歩で帰宅。
室内は乱雑、掃除も不十分で、生活の乱れが伺えた。
経済的にも困窮している様子であった。

入院37日目
早朝看護師に「昨日家に帰ったら色々今後を考えて不安になった。喉が渇くのでコロナに罹った気がする」と言い泣く。また上着の上から検温するなど、混乱もある。
診察時に、昨夜は眠れなかったと訴える為、再発の可能性も考えて以下再処方した。

処方
2)ニトラゼパム(10mg)1錠
ロゼレム(8mg)1錠
レメロン(30mg)1錠   1日1回 就寝前

しかし、当夜は眠れそうだからと、追加薬の服用は拒否した。

入院40日目
ベッドに座り一点を見つめている、声掛けに対して発語少ないなど、症状再燃傾向。

入院41日目
発語少なく、動作も緩慢。食事摂取量も落ちている。

入院42日目
食事は全部食べた。体調は大丈夫と言うが、精神症状不安定である為、再発予防薬を処方すると話し、セレナールに替えて以下処方した。
処方
1) リボトリール(0.5mg) 2錠 1日2回 朝・夕食後(1回1錠)
2) アリピプラゾール(3mg) 1錠 1日1回 夕食後

以後精神状態は安定した。

後日、生活状況を聞き取ると、6年前から一人暮らしを始めたが、給料はタバコや遊興費に使い生活費が不足したり、公共料金の支払いが滞ることもあった。

このため退院後の生活を想定したソーシャルスキルの習得やリハビリ活動を行なった。

入院76日目
退院後の経済・生活支援体制も整い、退院に至る。

診療のポイント
従来の日本の精神医学教科書では昏迷(→参照26)は精神病性昏迷、うつ病性昏迷、心因性昏迷、器質性昏迷に分類されている。(DSM-Vではこれらの昏迷及びその他身体疾患による昏迷を含め緊張病:カタトニアとしてカテゴリー分類されている)。
本症例の場合、興奮なく活動性低下から昏迷に移行している様子で、この発症経過からはうつ病性昏迷が考えられた。一方で当院入院時の状態像からは精神病性昏迷が疑われた。このため、ジプレキサ筋注とアナフラニール点滴静注を同時に開始した。
第4病日になっても、十分な改善が認められないため、カタトニア治療に推奨されている、ベンゾジアゼピン(セルシン)の筋注を開始したところ、即効性が認められた。その後経口摂取が可能となり、セルシン筋注の代わりにリボトリール、アナフラニール点滴の代わりにレメロンを処方。開口を拒否するなど拒絶が認められたためアリピプラゾールを一時的に追加処方したところ、以後急速な改善が認められた。
昏迷の分類としては、知的障害者の生活破綻により惹起された心因性昏迷と考えた。生命予後すら危ぶまれる重症昏迷症例であったが、適切な診断と病態生理を考慮した治療により、関節拘縮などの後遺障害を残さず寛解退院に至った。