入院症例29 アリピプラゾ-ル増量により重度錐体外路症状を呈した双極性障害の薬物療法

Key word  糖尿病合併 ジスキネジア クロナゼパム クロニジン レボメプロマジン

60歳代 男性

50歳時、交通事故後うつ病を発症。以来7年間複数の医療機関で治療をうける。うつ症状に加え、希死念慮、幻聴、被害妄想などが出現した時期もあった。
57歳時、多弁、独語・空笑出現。包丁など危険物を持ち出し、制止すると大声で怒鳴る為、警察に保護され当院初診入院となる。
病名; 双極性障害   合併症:糖尿病

治療経過
入院3週間で安定し退院となる。

退院時処方 (以下 用量は1日量表示 )
1) バレリン (200mg) 4T 分2朝・夕
2) ゾテピン (50mg)  2T
リスペリドン(3mg) 1T  分1夕

退院後7年間の経過
退院3週間目
「ジッとしておれない」と訴える。

退院6週間目
右手の振戦、筋剛直、小又歩行ありパーキンソン症状を認め、まだジッとしておれないと訴え、アカジジアも認めた。
その後徐々に減薬した。

処方
1)バレリン  (200mg)4T
リボトリール(1mg) 2T 分2朝・夕
2)レボトミン(25mg) 1T 分1夕
3)ベンザリン(10mg) 1T
ハルシオン(0.25mg)1T 分1 就床前

退院3ケ月後
パーキンソン症状は消失したが、うつ状態となり、喋りたくないと訴える為、抗うつ剤レクサプロを追加処方

処方
1)バレリン (200mg) 4T
リボトリール(1mg)2T 分2朝・夕
2)ベンザリン (10mg)1T
ハルシオン(0.25mg) 1T
レクサプロ (10mg) 1T 分1 就床前

以後安定。

60歳4月
「殺される」と妄想を訴える為、エビリファイ6mgを追加処方した。
エビリファイ追加処方4日目には「殺される」との妄想は消失した。

同10月
手指振戦が認められる為、エビリファイをスルピリドに処方変更した。

処方
1) バレリン(200mg) 4T
リボトリール(1mg)2T 分2朝・夕
2) スルピリド(200mg) 1T
レクサプロ(10mg) 1T
ハルシオン(0.25mg 1T 分1 就床前

同11月
手指振戦 増悪し、遅発性ジスキネジア出現した為、スルピリドは中止した。

処方
1) バレリン(200mg) 4T
リボトリール(1mg) 2T 分2朝・夕
2) レクサプロ(10mg) 1T
ハルシオン(0.25mg)1T 分1 就床前

同12月
手指振戦、遅発性ジスキネジア共に消失した。
以後安定。
62歳3月
「夜間家の中に人が入って来る感じがして、殺気を感じる」と妻に訴え、夜中にウロウロする為、エビリファイ6mg追加処方した。

63歳2月
調子は良いが、右手が振る。立っていると左足も振ると訴える為、エビリファイを3mgに減量した。減量後まもなく、右手、左足の振戦は減弱した。

64歳4月
このところ、万歩計を使って歩き出した。夜中に妻を起こして喋りまくる。
遺言状を作成したと言い、眼光鋭い。
躁転した為、抗うつ薬中止し、リーマス追加処方し、アリピプラゾールを3mgから12mgに増量した。

処方
1) バレリン(200mg)   4T
リーマス(200mg)   4T
リボトリール(1mg)  2T 分2 朝・夕
2 アリピプラゾール(12mg)1T
ハルシオン(0.25mg)  1T 分1 就床前

同5月
歩行不能で車椅子にて受診。
5月10日よりヨチヨチ歩きとなった由。
顔を顰める。首も振る。体もクネクネと動かし、全身の不随意運動(ジスキネジア・ジストニア)あり。同日入院とし、アリピプラゾール増量により誘発された錐体外路症状と考え、アリピプラゾールをゾテピンに置換した。
処方
1)バレリン (200mg) 4T
リーマス (200mg) 4T
リボトリール(1mg) 2T 分2 朝・夕
2 ゾテピン(25mg) 1T
ハルシオン(0.25mg)1T 分1 就床前

入院翌日
不随意運動軽快しているが、過鎮静傾向。
継続処方としてフォロー。

入院3日目
過鎮静であり、リチウム中止し、バレリン増量。ゾテピンをレボトミンに置換した。
1) バレリン(200mg) 6T
リボトリール(1mg) 3T 分3 毎食後
2 レボトミン  (5mg)2T
ニトラゼパム(10mg)1T  分1 就床前

入院5日目
終日鼾をかき眠っている。
覚醒時は上肢の振戦著明。
嚥下困難で食事は2~3割程度介助にて摂取。錐体外路症状の改善不十分である為、カタプレス追加処方し、レボトミン減量した。
処方
1)バレリン(200mg) 6T
リボトリール(1mg)3T
カタプレス(0.075mg)3T 分3 毎食後
2)レボトミン(5mg) 1T
ニトラゼパム(10mg)1T 分1 就床前

以後処方変更は行っていない。

入院10日目
車椅子に乗車している。
不随意運動は全く認められない。
立位を取るように指示すると、テーブルに手を付き、立位は取れるが、歩行不能。
以後不随意運動の再現はないが、歩行困難で、歩行器を使い、歩行練習を行って貰う。
しかし、歩行動作は不安定でやや右に傾く様子(ジストニア)認められる。

入院34日目
起床し稚拙ながら独歩可能。
不随意運動なし。

入院67日目
独歩可能となり退院に至る。


診療のポイント

躁うつ病を発症し過去14年間の薬物療法中に、薬剤性パーキンソン症候群(アカシジアを含む)、遅発性ジスキネジアなど錐体外路症状が散見されたが、その都度の薬物調整で錐体外路症状はコントロール可能で、外来通院を継続できた。糖尿病を合併している為、非定型抗精神病薬の選択肢は限られた。こうした中で、錐体外路症状惹起作用の少ないアリピプラゾールは選択可能な抗精神病薬と考えられ、処方してきた。ところが同薬を12mgに増量したところ、激しい錐体外路症状(遅発性ジスキネジア・ジストニア)を発症し、ジストニアによる歩行困難の為、67日間の入院加療を余儀なくされた。薬物療法には難渋したが、遅発性錐体外路症状の治療薬である、リボトリール・カタプレスの併用と気分安定薬はバレリン単剤とし(⇒参照24)、少量のレボメプロマジンを併用する事で遅発性錐体外路症状は消褪し、躁状態も安定した。
長期間薬物療法の継続を必要とする双極性障害の薬物療法は、錐体外路症状を惹起し易いので、気分安定剤と抗精神病薬を適切に選択する事がポイントをいえよう。