外来症例21 注意欠如・多動性障害(ADHD)の薬物療法と養育

Key word  エビリファイ 柔道療法 学校環境 将来目標

10歳代 男性

4~5歳時から多動性障害と診断され、これまで多動性障害の治療薬であるコンサータ、ストラテラ及び抗精神病薬であるリスペリドン1mgを服用。しかし服用すると眠くなり、学校でもほとんど眠っている。主治医に言っても「眠くなるはずはない」と薬物変更はない為、中学3年時5月、母親同伴で紹介状持参せず当院初診となる。
IQ=80、2年時からは特別支援学級に入っている。特別支援学級には同級生はおらず、1学年下の女性徒2人、計3人のクラスである。

初診時(5月)
主治医:学校には行っていますか?>母:休みがちです。でも今年の4月からは割りと行っています。
将来は何をしたいの?>本人:ゲームを作りたい。工業高校に進学したい。(椅子に座って診察を受ける事は出来るが、体を揺すったり、手足をうごかしたり一時もジッとしていない)
「学校全体が騒がしいし、自分でも落ち着かないと思う」と言う。
母によれば、コミュニケーションは出来るが、些細な事で普通学級の同級生と喧嘩になると話される。
抗精神病薬でパーシャルアゴニストという特有な薬理作用を持つエビリファイが有効ではないかと考え以下処方した。
処方
エビリファイ(3mg) 1錠/1日1回朝食後

経過
2週後
初診時とは異なり「ジッとして落着き」診察を受ける事が出来る。
薬を飲んだら落ち着いた。けど少し眠いという。
劇的な多動抑制効果が認められ、これ以後処方変更はせず継続処方とした。

7月
本人:落ち着いて学校に行っている。けど急に学校から帰りたい気持ちになる。
睡眠について尋ねたところ「夜は眠れるが、学校でも眠い」と訴える。
診察時、表情はしっかりしており、眠そうにはしていない。
薬物療法のみでは限界があると考え柔道療法を勧め、本人もやってみると応じる。

8月
落ち着いている。
柔道は楽しい。実業高校4つと、養護学校高等部を受験しようと思う、と言う。
また、「以前は参加した事がなかった体育祭の準備にも参加したし、足も速く大活躍した」と母親が喜んで話される。

10月
両親同伴受診。
学校に行けなくなった。
支援学級の授業を普通学級の生徒が集団で邪魔しに来る。授業中にドアを蹴ったりする。すぐに出て見ても姿が見えず、誰がやったのか分からない。担任は授業妨害に対して何ら手を打ってくれないと言う。
受験を控え大事な時期であるので、両親に学校に相談に行かれるようにアドバイスしておいた。

後日、柔道療法の時間に本人が「母は授業参観に学校に来てくれたが、授業妨害については学校側に何ら言い出せなかった」と話す。柔道療法参加中のメンバーは皆怒り、「自分が学校に付き添って行こうか」と言い出すメンバーまで出る。
この為主治医が本人・母親同伴で学校に出向く事とした。

母親に学校と連絡を取って貰い、校長不在であったので教頭と面談を設定して貰った。

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〈学校訪問〉
まず主治医から
「特別支援学級の生徒は保護される対象であるべきにも拘わらず、普通学級の生徒から集団でのいじめの対象となっているのは人権問題と思い、主治医が親子に付き添いとして来た」と訪問の趣旨を話した。

次に教頭の問いかけに対して、本人が具体的な嫌がらせの内容、嫌がらせをしたと思える生徒の名前、それに対する現担任の対応など、明確に話す事が出来た。

母親は特別支援学級の現在の場所は不適切であると複数の先生方は認識しておられる事、支援学級の生徒はトイレにも遠慮して行っている事などを話された。今春赴任された教頭は「初めて知った」と返答される。

教頭は、すでに特別支援学級のいじめ問題に関しては教員間で話し合いを持っており、本人が来てない状況なので、事態が改善されているのか否かが分からないと話される。

本人
これに対して「明日から登校します」ときっぱり返答する。

最後に主治医から
今回の件はいじめをした当事者のみならず普通学級の生徒全員に対して、「他人の痛みが分かる、他人を思いやれる人に育つ」と言う教育問題として捉えて頂きたいし、また彼個人の学校生活をこのような形で挫折させないで欲しいとお願いした。
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12月
母のみ受診
いじめはなくなり、学校に行っている。定時制高校の授業に体験参加させて貰った。それが良かった。少人数の学級で、これならば落ち着いて授業を受ける事が出来ると言っている。将来は介護士か看護師を目指すと将来目標も出来たようだとも言われる。
柔道は楽しいが、難しいとも言っていると話される。
主治医より現在は「体落とし」を練習中であるが、足腰が強くバランスが良く、急速に強くなっていると話しておいた。

翌年1月
元気に学校に行っている。いじめは全くない。普通学級で授業を受けるようになったが、集団の中が大変プレッシャー。テストを集団で受けたが、集中出来ず、個室に移動して受けた。その事で担任から「これからは普通学級の集団の中で頑張らんといけないのに・・・」と言われ泣いてしまった。そうしたら、先生は「辛い気持ちが分からず、ごめん」と謝ってくれたので救われたと話す。

3月
以後柔道療法は継続し、不登校もなくなり定時制高校普通科に合格した。

7月
高校生活に適応し、土曜日にはレストランのアルバイトにも行くようになった。

薬物療法は、初診時処方 エビリファイ(3mg)1錠(朝食後) を継続している。

診療のポイント
ADHDにエビリファイ少量が有効な症例はこれまでに数例経験している。本症例の診療のポイントとして、1)エビリファイにより多動に劇的抑制効果が認められた。 2)柔道療法の心身鍛錬効果と仲間意識の醸成。3)柔道療法のメンバーに男性介護士や看護師がいることで将来の職業選択が明確になった。4)いじめ対策として学校に主治医が母子同伴で交渉に行き、いじめが無くなった。以上これらの方策が総合的に作用して特別支援学級から定時制高校普通科への扉が開かれたものと考えた。