近年精神科の治療においても大規模臨床試験によるエビデンスが重要視され、ガイドラインによる標準的治療を適用するのが正しい治療とされる傾向にある。しかし、精神疾患は何れの診断基準によっても、高血圧症や糖尿病などの身体疾患のような均一な疾患単位を抽出してはおらず、治療ガイドラインを適用するのが困難な場合が多い。たとえば、様々な医療機関でうつ病として外来で主に抗うつ剤により治療されて改善せず、当院に紹介され入院に至った症例がある。詳細な問診や入院での生活状況の観察からパチンコ依存、家庭内暴力を呈する我が儘な性格による適応障害であると診断し、共依存の夫婦関係を見直す家族精神療法と少量の抗精神病薬の投与で劇的に改善がみられた。この症例のように症状だけからうつ病と診断し、うつ病治療のガイドラインによる最新の抗うつ薬を取替え引き換え投与する治療はこの症例の場合は何の役にも立たず、全生活史に照らした治療的介入のみが奏功したと考えられる。
また精神疾患は長期の治療経過をとる場合が多く、その治療過程を記述しようとすると長大なレポートとなる。しかしながら、長い経過であっても様々な場面でヤマ場といえる部分があり、そこでの対応の是非で慢性化したり、逆に改善の端緒が開けたりする(診断・治療のポイント)。
「私の精神科診療のポイント」では単に病名を付け処方するだけではなく、さらに一歩踏み込んだ対応により改善が認められた症例の簡潔なレポートとそのヤマ場における診断や治療のポイントを取り上げ、匿名性を損なわない範囲(年齢や現病歴は匿名性確保のため改変を加えた場合もある)で開示している。
このコーナー立ち上げの目的は、平成23年7月に新たに国民病として加えられ5大疾患の一つとなった精神疾患の診断と治療の実際を広く一般に開示し、精神疾患の正しい理解とその克服の一助として欲しいと願うからである。
筆者の精神科医療実践に対して忌憚のないご意見や御質問をお寄せ下さい。
精神科医師 西川 正