入院症例32 アカシジア出現により、診断・治療に難渋した不安障害

Key word  医師間治療方針の相違 葛藤 スルピリド リスペリドン液 

70歳代男性

掛かりつけの内科医より血糖値が高いので総合病院で入院治療するようにと指示されたが、総合病院の内科医からは「入院の必要なし」と言われた。その事を掛かりつけ医に報告したところ不機嫌になられ受診し難くなった。これを機に不眠・不安感出現。それ以外にも「友人との間で悩み事あり」と訴え当院初診に至る。

初診時
友人間での悩みの詳細は話されなかったが、活気に乏しく、不安・抑うつ状態を呈していた。
以下処方した。
1 セレナール(10mg)   2T 1日2回 朝・夕 食後(1回1錠)
2 ブロチゾラム(25mg)  1T
 スルピリド(100mg)  1T 1日1回 就床前

治療経過
【外来】
1週後
最初の日は悪かったが、ほぼ良くなった。
昨日は1回だけ中途覚醒したと話された。

3週後
夜は眠れる。起きてもまた眠れる。
主治医:悩みの件は?> ご本人:友達に会ってないので問題はない。

5週後
調子は良い。最初からすると随分良くなった。糖尿の方も改善傾向だが、今の内科医とは「気が合わない」と訴えられる。

9週後 (外来担当医診察)
ここ2、3日モヤモヤが取れん。ジッとしておれない。横になって休もうと思うが出来ない。明日の主治医の受診日まで待とうと思ったが、ジッと出来なくて。発狂したらどうしようと思って受診したと。

何か思い当たる原因がありますか?>色々ストレス。血糖の事とか、病院をアチコチ廻されたり、山の事とか、コロナとか、次から次へと出てくる。考え過ぎと思うが、元々神経質だから何でも考え過ぎとは思うが、今日はやれんと訴えられる。

頓服処方希望され、リスペリドン液0.5ml 5回分処方

10週後
リスペリドン液は良く効いた。けど体がだるい。胸の方がおかしいと訴える。
以後、診察毎に リスペリドン液頓服を7回〜10回分処方

12週後
息苦しくてやれん。どうにかして欲しい。
原因はありますか?>全部解決しました。
パニック発作の可能性も考慮して以下抗うつ薬レクサプロを追加処方した。

1 セレナール(10mg)  2T 1日2回 朝・夕食後(1回1錠)
2 ブロチゾラム(25mg) 1T
 スルピリド(100mg)  1T
 レクサプロ (10mg) 1T 1日1回 就床前

14週後
どうですか?>助けて、どうにかしてえ、と訴える。頓服を飲むと治まる。
キツイ助けて。呼吸が苦しくなると訴える。セレナールをより抗不安作用の強いリボトリールに置換。
以後リスペリドン液を頻回に服用されるようになる。
処方
1 リボトリール(0.5mg) 2T 1日2回 朝・夕食後(1回1錠)
2 ブロチゾラム(25mg) 1T
 スルピリド(100mg) 1T
 レクサプロ (20mg)1T 1日1回 就床前

16週後
どうですか?>ジーとしておれん。
不安感は取れましたね?>胸のモヤモヤは取れました。

この時点で頓服服用は50回/6週間と思われた。
リスペリドン液によるアカシジアを疑い、頓服は出来るだけ飲まれないようにアドバイス。

18週後
どうですか?>段々ひどくなる。朝から頓服を飲む。
日中は何していますか?>横になっています。
本人入院希望あり。

病状の全体像把握の為、入院予約とした。

19週後
キツイです。朝から震えがつく。
頓服を飲んでいますか?>あれがないとやれんのです。
頓服の処方を希望される。

【入院】
入院1日目 (当院治療開始21週目)
外来処方を継続し、不安時頓服をリスペリドン液0.5mlからジアゼパム(5mg)1錠に変更した。
リスペリドン液0.5ml頓服は、初回処方以降84回服用していた。

入院2日目
朝訪室
ベッドで横になっておられる。
今、手の「震え」が始まった。

手指振戦 (+) 筋剛直 (–) 歩行スムース 不安様顔貌なし

「震え」は不安により惹起されるのではなく、錐体外路症状としての振戦を見て、不安に駆られている印象であった。
スルピリドによる薬原性錐体外路症状を疑い、スルピリドを中止した。

4日目
「手の震えが何時来るか~と心配している」と訴える。
手の震え=振戦は薬の副作用で、病気ではないので心配する必要はない。
自分の内面を見るのではなく、外界に目を向けて、活動的に過ごされるようにアドバイス。

6日目
ジッとしておれん。
いつがやれん(落ち着かない)?>今がやれん。
散歩時などは集中しているので大丈夫と話される。

離脱性アカシジアを疑い、セルシン10mg筋注を行う。筋注20分後すっかり落ち着いたと話される。

7日目
調子は良い。「震え」はないが、「震え」に備えていると話される。
震え=振戦は薬の副作用であり、全く心配ない。時間経過により、完全に消失すると説明。ジッと出来ない時は対処行動として「歩く事」を勧めておいた。

10日目
助けて下さい。辛いです。それで散歩しています。
ここ3日間は割と落ち着いている方です。

診察時、足踏みが認められる(アカシジア)。

13日目
以後頓服(ジアゼパム)の服用はない。入院後のジアゼパム頓服服用は6回であった。

16日目
「振戦及びアカシジア」は外泊時も病院でもほぼ消失した。
ただ不安感はある。完全に治ってから退院したい。
もう少し不安感が無くなるように薬物調整して欲しい」と訴えられる。
処方
1 セレナール (10mg) 3T 1日3回 毎食後(1回1錠)
2 ブロチゾラム(25mg)  1T
 レメロン(15mg) 1T 1日1回 就床前

20日目
良くなったと思います。けどソワソワがまだ残っています。
ソワソワする時には歩いていますか?>はい。

手指振戦 ±
離脱症状は必ず消失すると強調しておく。

入院32日目
離脱性アカシジア及び不安症状は外泊時も病院でも完全消失し退院に至る。

以後外来でも安定した状態を続けている。

診療のポイント
主に糖尿病治療の医師間の治療方針を廻り発症した不安障害は一週後には改善したが、9週後には再燃した。再燃した不安・焦燥状態の診断・治療に難渋した為、入院治療としたが、病室で詳細に観察するとアカシジア(初期急性、その後離脱性アカシジア)症状であることが明らかになった。治療法としてはジアゼパムの頓服や筋注、対処行動としての歩行運動が有効であり、最終的には離脱症状が消失するまでの時間を必要とした。薬原性錐体外路症状の病因とその特徴(⇒参照27)を熟知した上で、詳細な行動観察により、不安症状とアカシジアを鑑別診断したことが診療のポイントと言えよう。