Key word 長期拒食・拒薬 ジプレキサザイディス レクサプロ リボトリール
60歳代女性
中度知的障害(IQ=48)があり、知的障害者グループホーム入所中。入院前はパン製造作業所の主力メンバーだった。虫歯の治療を本人は拒否していたが、痛みがひどくなり、当院初診36日前に1本、30日前に3本、計4本を抜歯。以後急激に活気が無くなり、食欲低下、奇異行動が出現した。
初診時
「歯がなくなった。死なにゃあいけん」と訴え抑うつ状態。以下処方した。
処方
スルピリド(100mg)1錠 /1日1回 朝食後
しかし、その後も尿を撒き散らしたり、トイレットペーパーを大量に巻き取る、千切って散らかすなど奇異行動出現。グループホームに適応困難な為、初診12日後当院入院に至る。
入院時
簡単な問いかけには返答あり、穏やかではある。入院治療の勧めは拒否する為、急性期治療病棟へ医療保護入院となる。
治療経過
入院後主剤はエビリファイ3~6mgやリスペリドン内用液1mLなど低用量の抗精神病薬が処方されたが、拒絶的で拒食あり精神症状は次第に悪化する一方であった。
入院48日目
リスペリドン内用液を一旦口に入れても、ペッと吐き出し、以後服薬は規則的には行えなくなる。
入院56日目
食事もほとんど入らず、拒薬続く為、補液とセレネース点滴で対応となる。
入院時体重50.4kgが37.7kgまでに減少していた。
入院80日目
拒食は改善せず生命リスクのある状態が続く為、カンファランスが持たれ、この時点から筆者が治療に関与するようになった。
カンファランス内容
1)現在の精神症状は拒絶症状態
2)もっと早い段階で抗精神病薬を増量しておけば、このような強い拒絶は起こらなかったのではないか?
3)セレネースの血中濃度を測定し、セレネースの増量の検討が必要
4)糖尿病があるが、拒食が続いており、現在の血糖値に問題はない為、ジプレキサ筋注を行い治療反応性をみるべきでは?
5)エビリファイ24mgODを使用しては?
以上の検討がなされた。
ハロペリドール血中濃度を測定したところ12ng/mLと有効治療濃度(3~17ng/mL)内であったが、本症例の拒絶には効果に乏しく、更なる増量を行うと悪性症候群のリスクが高まると考えられる為ジプレキサの筋注を3日間行った。
ジプレキサ筋注直前は亜昏迷状態で全く発語はみられなかったが、同注射により「バカ、やかましい」など発語あり怒りの感情表出が出来るようになり、ジプレキサは昏迷に有効と判定し同内服薬を処方した。
処方
ジプレキサザイディス(10mg) 2錠 /1日2回 朝・夕食後 (1回 1錠)
拒薬に対しては、ジプレキサを頬部に挿入し、同部を軽くマッサージを行うと吐き出す事なく服薬できた。
その後食事に関しては2~3割摂取するようになって拒絶はとれ、OT活動にも穏やかに参加するようになったが、再び食事は「いらんわあ」と言い水分も拒否する。
入院95日目
カンファランス
亜昏迷状態はジプレキサにより改善し疎通が可能となり、「園には帰りたくない。死ぬ為に食事はしない」というハッキリとした意思表示が確認された。
このため治療方針を180度転換
1)グループホームには戻らなくて良い事を本人に伝える。
2)点滴など本人が嫌がり、拒絶に繋がる医療行為は全て中止する。
3)散歩などに連れ出す。
4)自殺企図には注意する。
入院116日目
ナース同伴で筆者が朝食を勧める。
朝食もお茶も手を振って拒否する。
筆者:園に帰らなくても良いことは分かっている?>(ご本人)・・・(うなずく)。
死にたいと思っているの?>・・・ウフフッ(小さく嗤う)。
表情は暗く、原因は不明であるが自殺願望のように思える。
抑うつ状態を呈していると診断し、抗うつ薬であるレクサプロを追加処方した。
処方
1)レクサプロ(10mg)1錠/ 1日1回 昼食後
2)ジプレキサザイディス(10mg)1錠/ 1日1回 夕食後
レクサプロ処方2日後の夕食は、「いらんよ」と言うも介助すると全量摂取する。
以後ムラはあるが食事もある程度入るようになった。
入院127日目
最低35.7kgであった体重は38.2kgまで回復した。血液生化学検査値もほぼ正常化し、生命危機は去ったと思えた。
入院132日目
開放個室病棟に転棟となる。
入院139日目
訪室すると仰臥位で開眼して寝ている。
どうですか?>・・・
まだ死にたいの?>・・・・ウウ~(怒号を発する)。
表情硬く、尚拒絶状態と思えるが、ジプレキサは増量せず、不安緩和目的でリボトリールを追加処方した。
処方
1)リボトリール(1mg)2錠 / 1日2回 朝・夕食後 (1回 1錠)
2)レクサプロ(10mg)1錠/ 1日1回 昼食後
3)ジプレキサザイデス(10mg)1錠 /1日1回 夕食後
リボトリール処方前までは数口~2、3割の食事摂取であったが、リボトリール処方当日の夕食は8割、翌日からは3食ほぼ全量摂取と劇的な拒食改善効果が認められた。
その後急速にADL改善。体重も50kgまで回復した。「園(グループホーム)に帰ってパンを作りたい」などの発言も聞かれ、施設への帰園を受け入れるようになっていった。OT活動にパン作りを取り入れたところ、上手にパンを作られ、患者、スタッフから喝采を浴び非常に嬉しそうな笑顔がみられた。
入院9か月目
「(グループホームに)良くなって帰れる、いいね。嬉しい」と言い退院に至る。
ジプレキサは今後血糖上昇の可能性ある為、エビリファイに置換した。
退院時処方
処方
1)リボトリール(1mg)2錠 / 1日2回 朝・夕食後 (1回 1錠)
2)レクサプロ(10mg)1錠 / 1日1回 昼食後
3)エビリファイ(12mg)1錠 /1日1回 夕食後
診療のポイント
意に添わない抜歯を契機に、精神的に安定していた知的障害者に奇異行為が出現した。入院後は更に精神症状が悪化し、亜昏迷状態、長期拒食状態を呈し生命危機状況に陥った。拒薬の為、ハロペリドールの点滴が施行されたが無効だった。糖尿病の既往があったが、拒食状態で高血糖のリスクは低く、ジプレキサを選択し昏迷は改善した。おそらく抜歯による喪失体験による悲嘆の結果、自殺願望が生じ、それらの症状には抗うつ剤、特に抗不安薬としてのリボトリールが著効した。知的障害者が自らの思いを言語化できず、硬直した思考により抑うつ・不安感情を生じ、この為拒食・拒絶状態を呈したものと推察した。本人の呈する些細な言動から背景の精神症状を的確に診断し、その精神症状に対応した薬物選択を行い治療する事がポイントである。